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東日本大震災から早くも4ヶ月。
多くの犠牲者を出した災害でしたが、今後につながる反省や教訓も残ったと思います。
今後、東海、東南海、南海などの大地震も懸念されています。
地震や津波に対する教訓を改めて思い起こし、災害時に生かしていただくことを切に願います。
津波の前に 引き潮あるとは限らない 〜紙芝居知識加えて新たに発売
2011年7月15日付け 朝日新聞朝刊に「津波の前 引き潮あるとは限らない」
という、興味深い見出しの記事が掲載されましたので、まず紹介します。
クリックすると画面が拡大されます。
私とチリ地震津波
「津波の前に引き潮があるとは限らない」――。
このことは、子供の頃何度かお年寄りから聞いていたし、
1960年昭和35年)のチリ地震津波の時にこれを自分の目で経験した。
私はこの時高校2年生だった。
私の出身高校は石巻市の日和山(標高56.4メートル)にある。
学校からは、太平洋や牡鹿半島が一望できたし、
近くの日和山公園まで移動すれば、北上川や両岸の市街地も見えた。
日和山公園から北上川と太平洋と石巻市街を望む。 左手後方は牡鹿半島。 (2009年)
日和山公園から石巻市街を望む。(2009年)
私たちは校庭や日和山公園から津波の様子をずっと見ていた。
この津波はなんと1万7000キロメートルかなたの南米チリ沖の地震によって発生したもので、
22時間かけて三陸沿岸にやってきたのである。
日本ではまったく地震を感じることはなかった。
だからラジオで津波の警報が出ていましたが、平常どおり仙石線に乗って登校した。
ホームルームの時間に、大きな津波が来るので学校で待機するようにとの指示を受けた。
私は、〈地震がないのになぜ津波?〉〈いつもどおり警報だけだろう〉
と、あまり信用していなかった
同級生の中には、授業がなくなってよかったとさえ言う者もいて、いたって緊張感はなかった。
私たちは、不謹慎ながら、見物気分で海を眺めていたように思う。
引き潮も一時間以上もかけて非常にゆっくりしたものだった。
見かけは通常起こる引き潮となんら変わらず、知らないうちに水が減っていったという感じだった。
この津波では、三陸を中心に全国で125人の犠牲者が出ました。
――今回の東日本大震災でも、見かけは大きくない引き潮に安心して、避難が遅れて大切な命を落とし
た人が少なくないでしょう。
津波襲来
これまでの津波とはまったく違う津波がやってきたのはそれからだった。
5メートルもの波が何度も押し寄せた。(文献では8回)
大海原では5メートルくらいだったものが、岸に近づく急に高さを増して10メートルほどにもなり、
さらに北上川の河口に入り込んだとたん20メートル程にもにもなった。
そして、川の両岸の市街地を襲いながら遡った。
それまでニュース映画で見た台風による水害よりも衝撃的なシーンだった。
追い寄せてくる波よりも引いてゆく波によりいっそう強い恐怖心を持った。
船、家の残骸や家財道具などが、川を埋めるようにして海のほうへ向かって流されていった。
まだ単純な少年だった私にとって衝撃だったのは、テレビが流れてゆくシーンだった。
当時貴重品であり、文明の先端だったテレビが何台もごみに混じってむなしく流れてゆく…。
それをを呆然と眺めていた。
当時、世はまさに「ミッチーブーム」だった。
皇太子御成婚を見るために無理して購入されたばかりのテレビだったのである。
「結婚の儀」を終えた皇太子殿下と美智子さま 1959年4月10日 東京・皇居
毎日新聞社発行の「御成婚記念写真集」より
現在も大切に保存している記念切手
津波の恐ろしさ
津波の前には大きく引き潮になるというのも、必ずしも正しくありません。
海底が陥没することで津波がおきる場合はいったん引き潮がありますが、
プレートの跳ね返りによる東海地震の場合、引き潮がない可能性があります。
また、同じ地震による津波でも、ところによって引き潮があったり、無かったりする場合があるようで
す。
三陸でも、安政と昭和の津波のときは引き潮があったようです。
安政の時は昼間だったこともあり、はっきりと目撃されているようです。
しかし、明治三陸津波や奥尻島では夜だったこともあり、引き潮を目撃するゆとりもなかったと思われ
ます。
いずれにせよ同じ津波でも場所によって引き潮はあったりなかったりするのであてになりません。
津波は急に海面が盛り上がり、岸に近づくにしたがって波の高さが急速に高くなります。
津波は10メートルを超える高さで、突然海が立ちあがって押し寄せてくるのです。
海がそのまま立ち上がり、海底の巨石や港の船を丘の上まで持ち上げ人家を打ち壊してゆきます。
そして、引いてゆくときにはもっと強い力で、ほとんど全ての家屋を引き倒し海に持ち去ってゆきま
す。
津波のスピードは水深の深い太洋では、ジェット機並か、新幹線と同じスピードといわれます。
陸地に近づいた津波の速度は、人間が全速力で走る程度に遅くなるという説もありますが、
海岸の状況次第でもっと早い場合もあるので、走って逃げ切れるかどうかわかりません。
津波に襲われて泳いで逃げるということはほとんどできることではありません。
津波は海底の泥を巻き上げた泥水と、なぎ倒した家屋の木材が一緒になって、
大人が走って逃げられるかどうかの速さで襲ってくるのです。
津波による犠牲者は普通の溺死者とは異なり、打撲による死亡がほとんどです。
明治三陸津波の犠牲者の遺体は激しく損傷し、体の一部が失われている場合がほとんどで、
青黒いあざが全身に浮き出ているものが多く記録されています。
{参考文献} 「津波ものがたり」山下文男 童心社 1990年
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おはようございます。
チリ地震の時、わたしも高校生でした。同じ年代ですね。
自宅に帰り、近くの築港に行ったら海水がすっかり無くなり、ガゼやアワビ、魚などをバケツに一杯取った記憶があります。
今考えると、恐ろしいことをしたものです。
ポチ☆
2011/7/16(土) 午前 9:17 [ バタフライ ]
バタフライさん
お互い怖いもの知らずノ時代が会ったのですね。
私のでおは今なおそんな気質が残っているようですが(笑)
ポチありがとうございます。
2011/7/16(土) 午前 11:09 [ moriizumi arao ]
♪こんにちは。
1960年(昭和35年)のチリ地震津波、
この時高校2年生、・・・世はまさに「ミッチーブーム」
あ、↑でバタフライさんも みんな同じ世代で ポチ!
2011/7/16(土) 午後 3:37 [ EGACITE ]
バタフライさん
お互い怖いもの知らずの時代があったのですね。
私は今なおそんな気質が残っているようですが(笑)
ポチありがとうございます。
2011/7/16(土) 午後 9:04 [ moriizumi arao ]
ご訪問ありがとうございます。
読ませていただきました。
2011/7/16(土) 午後 9:20
福9さん
訪問とコメントありがとうございます。
またきてくださいね。お待ちしてます。
2011/7/16(土) 午後 9:47 [ moriizumi arao ]
歴史は繰り返される。。。
歴史に学ぶのは大切ですね!
どうぞ、もうこれ以上繰り返されませんように!
祈りのポチ☆
2011/7/16(土) 午後 11:14
三原色さん
ほんと ホント 心から僧願いたいですね。
祈りのポチありがとうございます。
2011/7/17(日) 午前 9:46 [ moriizumi arao ]