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わたしのシルクロード旅行の行程と旅のスタイル「セミバックパッキング」 シルクロード2万キロ紀行1 空港から西安へ2008年4月5日、西安行きのJL便で成田を出発した。8月8日開会の北京オリンピックの混雑前に中国を抜け出そうという目論見と、寒い気候を避けることを考えての、4月出発であった。 西安へは3度目であるが、1989年と2005年には期間が短かった。 今回は自由にじっくり回れるので、期待が大きい。 中国上空は雲の中を飛行しているので、ほとんど下界は見えない。機体が時々ぐらぐらと大きくゆれる。西安近くになり、ついに下界が見え始めた。大きな田と、ぽつぽつと住宅が見えるだけだ。 このような広大な土地で4千年以上の悠久の歴史が展開されて来たと思うと、感慨深い。 これからこの広い大地を西へ西へと2万キロキロ以上も進んでいくのかと思うと、武者震いがした。 予定よりも20分遅れて西安咸陽国際空港に到着した。西安には珍しい小雨模様だった。 オリンピックに備えて、テロ警戒中なので荷物検査は厳しい。 一人旅ということもあり、日本よりも手際が悪いのでなおさら時間がかかる。 到着してから1時間10分ほどかかって、空港ターミナルを出ることができた。 空港の駐車場には、乗用車がなり見られるようになった。 15時頃乗り合いバスにて西安方面に向けて出発。 ツアーであれば観光にバス乗り込んでしまえば安心して目的地まで行けたが、一人旅ではそうはいかない。 小雨の中、2003年1月完成の高速道路を通って西安へ向かう。 咸陽を通過すると、道の両側は、とうもろこし畑が小雨にけむって広がっている。 その向こうに渭水が見えてきた。 西域への送別の橋 咸陽橋やがてバスは渭水にかかる咸陽橋を渡った。やはり、胸の高鳴りを覚えた。 この橋には高校時代から思い入れがある。 漢文の授業で習った漢詩――私の好きな、王維の「送元二使安西」(元二の安西に使いするを送る)と、杜甫の 『兵車行』の舞台になっているからだ。 咸陽橋は、中国の歴史上、文学上、いろいろな別れの場面で登場する。 ――古来西域に旅する人は、長安城の開遠門を出て、渭水にかかるこの橋を渡って渭城(咸陽)で別れの宴を張った。東の送別の地、壩橋(はきょう)での別れはその日のうちに行われるのに対して、この渭城での別れは、一晩中飲み明かして別れを惜しんだといわれる。 最果ての地へと旅立つ人との名残が尽きなかったためであろう。 川面を眺めながら王維の詩を口ずさむと、自ずとセンチメンタルな気分が高まっていった。 渭城朝雨浥軽塵 渭城の朝雨 軽塵を浥(うる)おす 客舎青青柳色新 客舎 青青 柳色新たなり 勧君更尽一杯酒 君に勧む 更に尽くせ一杯の酒 西出陽関無故人 西のかた陽関を出ずれば 故人無からん'''
渭の町に降る朝の雨で、塵や埃も立たず空気がすっきりとしている。
名残が尽きず友を思う気持が、切々と出ているではないか…。胸に迫ってっ来る。旅館の前の柳も雨に洗われて、新緑のように美しい。 昨夜からもう十分に酒を飲んだが、さあ、もう一杯のみ尽くしてくれ。 西方の陽関を出て行ったならば、このように気安く酒の飲める友人などいないのだから…。 杜甫の「兵車行」は、次のようなな出だしで始まっている。 車轔轔。馬蕭蕭 車轔轔たり 馬蕭蕭たり 行人弓箭各在腰 行人の弓箭 各々腰に在り 耶嬢妻子走相送 耶嬢 妻子 走って相い送る 塵埃不見咸陽橋 塵埃は見えず 咸陽の橋 牽衣頓足攔道哭 衣を牽き足を頓し 道を攔えぎりて哭す 哭声直上干雲霄 哭声 直ちに上りて 雲霄を干す 以下略 車はリンリンと響き、馬は蕭蕭と嘶く」 『兵車行』は、辺地に赴く出征兵士の一群と、 それを見送る家族の騒然とした,咸陽橋の光景から始まる。 今自分が渡っている咸陽橋は、無数の悲しみで満たされていたに違いない。見送る人びとは、生還の 望みの薄い我が夫、あるいは息子、父、兄弟の無事をひたすらいのりながら、必死に見送ったに違いない。 第二次世界大戦の折、敗戦間近になってから、勝利の期待の持てない戦地へ、ひたすら「万歳、万歳!」と叫んで送り出した家族の心情と、そっくりだったのではあるまいか。 杜甫の『兵車行』は悲哀に満ちている。 唐代に引き換え、現代はまったく恵まれている。バスや――たまには、わざわざチャーターするラクダや馬に乗って、命の心配などすることなく、シルクロードの旅を楽しむことができる。 そんな詩が昔から詠い継がれて来たことなど知ってか知らずか、黒っぽい牛がのんびりと土手の上を歩いてくる。いかにも平和そうだ。これでいいのだ。 河の水量が非常に少ないが、昔は、満々と水をたたえていたのであろう。 西安は年間30ミリしか、雨が降らない。 できるだけ植林をして雨量を増やす努力をしているが、地下水のくみ上げ過ぎで、大雁塔も近年やや傾いてきているとのことだ。 車同士は、やたらクラクションを鳴らす。この点はまだまだ20年前と変わっていない。 高速道路を降りて一般道路へ入った。 60年近く前、日本でも、近所の農家のおじさんが、自転車で牽くリアカーにおばさんを乗せて、大雨の中をひたすらペダルを踏んで、遠くの畑から帰る姿を思い出した。その時も、子供心に夫婦の絆の深さのようなものを感じていた――きっとそうに違いない。 今の日本では、便利さの陰に、人としての大切な心が失われてきている――そう強く感じさせられた場面だった。
その後も、シルクロード各地で家族の温かさをたくさん目にすることになる。 |
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今晩はいつも嬉しいコメントありがとうございます。この嬉し紀行文に応援の☆ポチですよ!
2011/11/15(火) 午後 9:46 [ 清水太郎の部屋 ]
こんばんは^^
どの国に行っても家族の愛情は微笑ましいですね!!
ポチっと♪
2011/11/15(火) 午後 11:30
清水太郎の部屋さん
いつも応援していただいてありがとうございます。
ポチありがとうございます。
2011/11/16(水) 午前 0:07 [ moriizumi arao ]
Leafさん
シルクロードでは家族の絆の強さをとてもよく感じましたね。
2011/11/16(水) 午前 0:08 [ moriizumi arao ]
Leafさん
(^−^)ポチありがとう!
2011/11/16(水) 午前 0:09 [ moriizumi arao ]
あらおさま
こんばんは。
一人旅で乗り合いバスに乗る。
ロマンですね〜
ほとんどの国へツアーが簡単便利〜楽ちん〜
しっかし〜
決してあらおさまのような感動に気づかぬ旅。
忘れかけた家族の温もりを感じる素敵な旅が羨ましくもあり…
自分には無理だろうと強く感じる。
あらおさまの旅で一人旅気分を満喫させてくださいませ・ポチ☆
2011/11/16(水) 午前 0:37
お疲れ様デスmoriizumi araoさん。
一人旅とはスゴイですね。
お体にお気をつけて!
(礼)
2011/11/16(水) 午前 6:24 [ - ]
♪おはようございます。
2008年・・・シルクロード皆既日食。
こちらは初めてシルクロードに行った年ですね・・・。
西安国際空港から シルクロード特急で・・・。
王維、李白、杜甫・・・の漢詩、
楊貴妃の思いをはせて 思い出ポチ!
2011/11/16(水) 午前 9:28 [ EGACITE ]
おはようございます。
お久しぶりでございます。
心が落ち着きます。
この家族愛、荒廃した日本の家族社会の人間に見せたいです。
2011/11/16(水) 午前 11:18 [ reikun11 ]
三原色さん
シルクロードは気候的にも地理的にも大変なところなので、女性の一人旅は大変でしょうから、私の記事で味わっていただけるとうれしいですね。
傑作ポチありがとうございます。
2011/11/16(水) 午後 4:44 [ moriizumi arao ]
santendaitikuさん
他の国での一人旅の経験を活かしてゆきたいと思います。
2011/11/16(水) 午後 4:47 [ moriizumi arao ]
EGACITEさん
列車の旅もなかなかいいものですよね。
こちらはこちらでいろいろな人々との触れ合いがあっていいですよね。
思い出(^−^)ポチありがとう!
2011/11/16(水) 午後 4:50 [ moriizumi arao ]
reikun11さん
お久しぶりです。
途上国を旅すると人のつながりのあたたかさに触れることできる―― これも楽しみですね~。
2011/11/16(水) 午後 4:53 [ moriizumi arao ]
素晴らしいですねー。でも、一人旅・・。
この音楽を聞くと・。
やはり、シルクロードですよねーー。
このまま、少しきかせていただきます。
2011/11/17(木) 午後 3:50
きんちゃん
また聞きに来てくださいね。
2011/11/17(木) 午後 11:37 [ moriizumi arao ]
今日もとても素晴らしい記事です。☆☆☆ポチ!
2011/11/22(火) 午前 9:06 [ chama ]
chamaさん
感動の☆☆☆ポチ!にこちらも感動です。
2011/11/22(火) 午後 2:44 [ moriizumi arao ]