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番外霊場慈眼寺を通り十五番国分寺へ
この一帯は、奈良時代に国司庁が置かれて、阿波の政治、宗教、文化の中心として栄えてきたところです、13番大日寺から17番井戸寺まで、6キロの間に五つの寺が並んで居ます。
常楽寺を出て、お寺のある丘の脇道を300mほど歩くと、番外霊場の慈眼寺に差し掛かりました。予定時間を大分オーバーしているし、孫の足取りもかなり重いので、「手を合わせて、写真を撮って、すぐに追いつくから…」と言って、先に行かせました。
番外霊場慈眼寺(14番常楽寺奥の院)
お堂に祀られている本尊の十面観世音菩薩に手を合わせて、すぐに孫の後を追いました。
ここから広い車道へ出ると、目指す国分寺の高い本堂が見えてきました。
孫に「おい! 次のお寺が見えてきたぞ!」と、励ましの声をかけても反応が返って来ません。かなり疲れているんだな〜と、察しがつきます。ただ、ここで優しそうな言葉をかけると、却って気力をなくすので、こちらも素知らぬ顔で歩きを進めます。
十五番国分寺
十五番国分寺に到着したのは、3時45分です。
山門
どっしりとした瓦葺の山門が迎えてくれました。
風格ある山門の「薬王山」の扁額が鮮やかです。
門の右側に台石の上に立つ大きな石碑があり、「聖武天皇勅願所」の文字が彫られています。
本堂と鐘楼に関心を示した孫
門を入ると、正面奥にに本堂が目に入ってきました。その手前には鐘楼もあります。
孫は本堂を指さして、「変わった形だね」と関心を示しました。子供は目ざといですね。侮れないな〜と、認識しました。。
「ああいう建物を重層入母屋造りって言うんだよ。重層というのは、二つの層があるということなんだよ。層と言うのは、一階、二階の階みたいなものだよ。まあ〜、二階建てみたいなものだな」と言うと、
「それじゃ五重の塔は、五層って言うの?」と、切り込んできます。
ですから、わかってもわからなくても、きちんと教えました。その時に意味が分からなくても、後になって理解できた経験が自分にもあるからです。
礎石にも目をとめた孫
次に孫が目にとめたのは、山門の近くに置かれている礎石でした。
案の定、「この石は何?」と、訊いてきました。やっぱり、歴史が好きだと言っているだけあって、観察が鋭いようです。前回の遍路時、私も関心があったので、帰宅後ちょっと調べてみたのです。
「この石は七重の塔の中心になった柱(心柱)の基礎になった石だよ。『心礎』と言うんだよ」と答えてやりました。
境内には、この「心礎」以外にも、大師堂の礎石が残されています。
大師堂の礎石
現在の大師堂は、少し離れたところに仮再建されています。
古い大師堂の礎石のそばへ来たとき、
孫が「おじいちゃん この石の上にリュックを置いていていい?」と、ちょっと返答に困ることを訊きました。
確かにこれらの石は、腰を下ろしたり荷物を置いたりするのに都合のよい形をしています。
「この石は、奈良時代の建物の基礎になっていた石なんだよ。貴重なものなんだよ」
「だけど、この石の上にたくさんの人が靴で上がっている位だから、いいとも思うよ」と、歯切れの悪い返事をしました。 孫はリュックを置いた後すぐに、鐘楼に目を向けました。
これまでのお寺では、鐘を撞こうとしたら、お参りの後で撞くのは戻り鐘と言って縁起が悪いと私に言われたり、せっかく礼拝の前に気づくと、「撞かないでください」と書いてあったりして、、撞くことができなかったのです。
「おじいちゃん。鐘撞こうよ!」
「そうだな、今まで撞けなかったからな。撞けるといいな」と言いながら、じいちゃんも勇んで向かいました。
幸い撞くことができました。
音のトーンは重くも軽くもなく中程度でしたが、グオン、グオン…と言うような余韻のバイブレーションが独特でした。初めて聞く鐘の音は、孫の心にどのように響いたでしょうか。
この鐘楼の造りはすごく立派なものでした。
木彫りの獅子や龍の彫刻が施されています。
屋根は瓦葺で鯱などものっています。
孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事(記事は題目をクリックしてご覧ください)
17、孫に大きな財産になった「焼山寺遍路ころがし」の超越〜焼山寺遍路ころがし3
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子供にもきちんと教える姿勢は素晴らしいです。
今日もとても素晴らしい記事です。☆☆☆ポチ!
2012/5/19(土) 午前 10:30 [ chama ]
おはようございます。いつも特に嬉しいコメントありがとうございます。この心礎の写真Facebookにアップさせて頂きます!応援の☆ポチですよ!
2012/5/19(土) 午前 10:44 [ 清水太郎の部屋 ]
こんにちは、
又、画像が出ていません。
正方形に残っている礎石は大師堂があった後です、
火事で焼けてしまいました、
15番国分寺さんは中々、建て直しをしないんですよ。
2012/5/19(土) 午前 11:44
杜泉さんと諒くん、こんばんは。
国分寺は諒くんにとっては歴史や文化の宝庫のようなものですね。
野外教科書が歩き遍路では数多く体験でき、好奇心旺盛な諒くんに
たくさんの知識をもたらすことでしょう。よい体験ですね。
勇気を出して続けてください。きっと後のと役に立つと思います。
応援のポチです。
2012/5/19(土) 午後 6:49 [ らくがき楽ちん ]
お孫さんと一緒にお遍路出来るとは何と素晴らしい事でしょう。私も見習いたいのですが、一番年長の孫で現在小2ですから何時の事になるのやら。良い社会勉強になっていますね。楽しみながらお遍路を続けて下さい。激励のポチ!
2012/5/19(土) 午後 7:27
前半の画像がありませんね。
気持ちの切り替えが早いお孫さんみたいですね。
2012/5/20(日) 午前 3:25
私も最初の5枚が見ることができません。
七重の塔の心礎がきちんと残っているんですね。
お孫さんと一緒に鐘がつけて良かったですね。
ぽち
2012/5/20(日) 午後 11:29
おはようございます、
画像が見えるようになりました、
現在の大師堂になっているところは仮ですよ、
お寺さんが大師堂を建てないのです。
寄付も集まっていると聞きます。
諒君は次から次へと社会勉強がなされていますね。
2012/5/21(月) 午前 8:39
chamaさん
おほめの言葉ありがとうございます。
ポチありがとうございます。(^−^)
2012/5/21(月) 午後 1:07 [ moriizumi arao ]
清水太郎の部屋さん
Facebookへのアップありがとうございます。
そして、ポチありがとうございます。(^−^)
2012/5/21(月) 午後 1:21 [ moriizumi arao ]
asayanさん
ありがとうございます。
大師堂はずうっと立て直しをしないようですね。
2012/5/21(月) 午後 1:23 [ moriizumi arao ]
こんにちは。
本堂や基礎石に感心を示すとは、血は争えないですね。
鐘楼、本堂とも素晴らしいと思います。
ポチ☆
2012/5/21(月) 午後 3:28 [ バタフライ ]
らくがき楽ちんさん
ありがとうございます。
やっぱり鉄は熱いうちに打て。関心がありそうなものには手抜きして相手してやらないといけませんね。
応援のポチありがとうございます。(^−^)
2012/5/21(月) 午後 3:34 [ moriizumi arao ]
多幸の湯番台さん
あと2,3年で大丈夫だと思いますよ。
内の孫も4年生だったのですから。
応援のポチありがとうございます。(^−^)
2012/5/21(月) 午後 3:57 [ moriizumi arao ]
エッチさん
孫は確かに気持ちの切り替は早いようです。
2012/5/21(月) 午後 3:59 [ moriizumi arao ]
エッチさん
孫は確かに気持ちの切り替は早いようです。
応援のポチありがとうございます。(^−^)
2012/5/21(月) 午後 4:00 [ moriizumi arao ]
Kasayさん
孫は喜んで鐘をついていました。
応援のポチありがとうございます。(^−^)。
2012/5/21(月) 午後 4:02 [ moriizumi arao ]
バタフライさん
周りの大人の影響かもしれませんね。
話題にしているからかも?
応援のポチありがとうございます。(^−^)。
2012/5/21(月) 午後 4:04 [ moriizumi arao ]