東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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 命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未希さんを孫に語る
 
 孫に歩きながら震災を語るつもりでしたが―― なかなか思うようにいきません。
 孫にとってはまだ歩くので精いっぱいのようですし、じいちゃんも孫を歩かせるので精いっぱい。
 4日目ともなれば、孫も少しずつ遍路に慣れてきたので、夕食後いくぶんかは話す時間が持てるようになりました。
 3日目の夜からはその日の遍路の感想を話し合ったりしていました。
 4日目の夜は、わたしが強く印象に残っている南三陸町女性職員・遠藤未希さんのことを話そうと思いました。

 「自分が死ぬまで避難を呼びかけた遠藤未希さんという人を知ってるか?」と、話しを切り出しました。 
 孫はテレビで観て遠藤未希さんのことを知っていました。それなら話は早い。
 まず、二人で遠藤さんに合掌しました。それから、
 「この記事を読んでご覧。読めないところは手伝ってあげるから」と言って、2枚のコピーを出しました。
 これは、あらかじめ準備してきた来たものです。

「6メートルの津波が来ます」 最後まで放送の南三陸町職員の死を悼む

           
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 津波に襲われ鉄筋の骨組みだけが残った防災対策庁舎。遠藤未希さんは2階から放送で避難を呼び掛けていた。(MSN産経ニュースの写真)

 3月26日、宮城県南三陸町
 「早く高台に避難してください」―― 。
 津波到達の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけ続けた後、行方不明になっていた女性の遺体が発見された。
 津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町職員、遠藤未希さん(24)。
 命を救われた町民や避難住民は、最後まで職務を全うした未希さんの死を悼んだ。

 未希さんは3月11日、町内の防災対策庁舎で津波到達の直前まで防災無線で、
 「6メートルの津波が来ます。早く高台に避難してください」と呼び掛け、
 自らは津波にのみ込まれて行方不明となっていた。

 母親の美恵子さん(53)によると、未希さんとみられる遺体は4月23日、捜索隊が志津川湾で発見した。
 昨年7月に結婚した夫(24)がプレゼントしたミサンガが左足首に巻かれ、右肩にあざがあったことなどを夫が遺体の写真で確認。
 警察が2日、DNA鑑定で最終的に未希さんと断定した。

 美恵子さんは津波で被災した自宅を片づけながら、
 「元気な姿で家に帰ってくることはあきらめていました。せめて遺骨をきれいな自宅に迎えたいと思って…」と、涙をこらえながら話した。
 遺体は町内に安置され、家族が遺体を引き取って火葬する予定。

 未希さんは、昨年4月に危機管理課に配属。
 夫と石巻市内に住み、南三陸町役場まで通
っていた。     [MSN産経ニュース]                       

「もう一つの記事も読んでご覧」 と言って、次の記事も読ませました。
女性職員の死悼む=「残したもの大きい」−津波避難、最後まで呼び掛け・宮城
 東日本大震災の大津波が襲った宮城県南三陸町で、最後まで住民に防災無線で避難を呼び掛けた町職員遠藤未希さん(24)の葬儀が4日、同町で営まれた。親族や幼なじみが参列し、遠藤さんの死を悼んだ。
 遺体は午後、町営火葬場に運ばれ、荼毘(だび)に付された。同級生の1人は、遠藤さんが中学生の頃に将来の自分へ宛てた手紙を入れたカプセルを掘り起こし、母美恵子さん(53)に渡したという。
 遠藤さんの遺体は4月23日、南三陸町沖で発見され、県警がDNA型鑑定をした結果、今月2日に本人と確認された。美恵子さんは「ようやくうちの娘と分かった。(火葬後も)しばらくはうちに置いてあげたい」と泣きはらした目をハンカチで拭った。
 遠藤さんは昨年結婚し、今年9月に披露宴を開く予定だった。夫の友人で会社経営者の尾形長治さん(28)は「披露宴に呼ばれるのを楽しみにしていたのに。大勢の人の命を救った未希さんが残したものは大きい」と話した。(
2011/05/04-21:34)  (時事通信の記事より)
 
 孫が2つの記事を読み上げた後、私は自分の気持ちを話し始めました。
 「私は、遠藤さんが最後まで仕事をやり通して行方不明になってから、せめて遺体だけでも一日でも早く発見されてくれればいいな〜と、ずっと願っていたんだよ。そうでなくては遠藤さんは報われないよ」
 「うん。そうだよね」と、心からうなずきました。
 この子に心があってよかったと思いました。
 「おじいちゃんは、 遠藤さんの遺体が発見されたというテレビの放送を聞いたときは、心からよかったと思ったね。少しは心が救われる思いがしたんだよ。」
 「ぼくもそういう気持ちになると思うよ」
 「テレビ放送を見た後すぐに、般若心経を上げさせてもらっただよ。おまえも今は般若心経と言われればすぐわかるからじいちゃんの気持ちがわかるだろう」
 「なんで、おじいちゃんはこれだけ遠藤さんに打ち込んでいるの?」
 「それはな、 遠藤未希さんを命の恩人みたいに思っているからだよ」
 ―― 私が現在生きていられるのは、地震に遭った金華山で、
 「6メートルの津波が来ます。全員高台に避難してください」という放送があったからなんだよ。
 それは鮎川からの放送だと思うんだけど。
 その放送がなければ、待合室の屋根か、待合室の裏の旅館の二階に上がっていたかもしれないんだよ。
 そうすれば、間違いなくあの世行きだったな。
 おじいちゃんたちが黄金山神社近くの高台に逃げていた時、 遠藤未希さんは必死にみんなに叫んでいたんだろうな。きっと。
 
 テレビ放送で遠藤さんの声を聞くたび、金華山で必死に聞いた放送とダブってしまうんだよ。
 思わず「ありがとう!」とつぶやいて、ぐっと涙がこみ上げてしまって、声を出して泣いてしまうんだよな〜。
 遠藤さんが命の恩人のように思えてならないのさ。
 だから、南三陸町へ行ったときには必ず防災対策庁舎へ行ってお参りしているんだよ。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
およそ1年後の3月1日
 
 
 
 お前にこうして話していることが、 遠藤さんへの供養になればいいな〜と思っている。
 
 こんな話をした後、なぜ遠藤さんが最後の最後まで呼びかけ続けたのだろうか? について話し合いました。
 孫は「仕事に熱心だったから」 と簡単に答えました。
 「それはそうなんだけれど…。単純にそれだけか? おじいちゃんはもっとほかの面も考えなければいけないと思うな。もっとよく考えろと、いつも言っているだろう。物事は絶対に一つの面からだけ考ちゃいけないよ」
 「また歩きながら聞いてみるよ。これは宿題だ。もう9時だから寝るぞ」
 
 これで、遍路4日目終了です。
 
 
  


 

閉じる コメント(11)

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最後の記載文が、小さい文字で読めなかったので、コピーペーストして、大きな文字として読みました。
非常に、難しい質問ですし、大事な質問です。
私も、その答えを知りたいです。

2012/6/7(木) 午前 6:58 CF-Bio

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この物語はしっかりとしたの世代に語り継いでいきたいですね。傑作

2012/6/7(木) 午前 7:16 千葉日台

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悲しみがひしひしと伝わってきます。
単なる美談としてでなく我々も何かを考えなければなりませんね。
ポチ!

2012/6/7(木) 午前 9:38 [ chama ]

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おはようございます
遠藤未希さんのご冥福をお祈り致したいと思います。 合掌。
この画像を見ると悲しみがこみ上げてきます。

我が家も海から1.5キロくらいですけど昔から津波という経験がありません、あんまり海流によって来ないみたいです。

2012/6/7(木) 午前 10:25 asayan

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杜泉さん、こんにちは。そうですね。
3/11の東日本大震災で住民に避難を呼びかけ、自らは避難せず
命尽きるまで避難を呼びかけた、南三陸町職員の遠藤未希さんにつ
いては、日本中の人が報道により知っていると思います。
自らの危険も自己犠牲をも省みず最期まで任務を忠実に全うされた
遠藤未希さんの責任感と功績に敬意と感謝の気持ちを表し、心から
哀悼の意を捧げたいと思います。自己本位の若者が多い世の中にも
彼女にような方がいたことに感動しています。合掌

2012/6/7(木) 午後 4:40 [ らくがき楽ちん ]

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あらおさん

こんばんは。
お孫ちゃんへの伝えたい思い。
私たちにもたくさん伝わってきましたよ。

ありがとう・ポチ☆

そして遠藤未希さんのご冥福をお祈りいたします。

2012/6/7(木) 午後 8:50 幼児小学生絵画教室 三原色の会

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おはようございます、moriizumi araoさん。
まず、遠藤未希さんの御冥福をお祈りしたいと思います。

記事を読ませて頂き、今更ながらこの中に、ある事実が含まれている事に気付きました。
呼びかけられた「6メートルの津波が来ます」とは、防災庁舎の3階へ逃げれば、大丈夫な高さだと思います。

実際の津波警報、津波襲来の経緯です。
・14時46分:地震発生
・14時49分:津波警報: 宮城6m 岩手・福島3m
・15時14分:津波来襲: 宮城の最大浸水深16m 最大溯上40m
・15時14分:津波警報: 宮城10m以上 岩手・福島3m
・15時30分:津波警報: 宮城10m以上 岩手・福島10m以上

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東日本大震災 津波による人的被害が拡大した原因 津波警報の第一報 津波の高さ予測が低過ぎた!!
http://blogs.yahoo.co.jp/tadashi_y77/28731413.html
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今は、遠藤未希さんの死を、単なる美談で終わらせたくないと思っています。

2012/6/7(木) 午後 10:41 [ ただし ]

未希さんは「手話」が出来たようで、あの日も「近くに耳が聞こえない方がいたら、津波が来ると紙に書いて伝えて下さい」と、呼び掛けていたそうです。

岩手でも、鳴らないサイレンの代わりに半鐘を叩き続けて亡くなられた消防団員の方がいらっしゃいました。

決して忘れることは出来ません。

2012/6/12(火) 午前 0:01 [ jun ]

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CF−Bioさん

お手数をおかけしました。

遠藤さんご本人とあの世であってお話をお聞きしたいですね。

2012/6/12(火) 午前 11:50 [ moriizumi arao ]

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美談を水を差すコメントになるかもしれませんが、私の個人的な意見をコメントさせて頂きます。

> なぜ遠藤さんが最後の最後まで呼びかけ続けたのだろうか?
>
津波警報の波の高さが、庁舎の3Fや屋上に逃げれば大丈夫なものだったので、直前まで呼びかけられたものと思っています。
確か遠藤さん、呼びかけられた後、屋上に避難されています。

おそらく御本人は、津波にのみこまれる事を想定されていなかったのではないのでしょうか?

2012/6/12(火) 午後 0:37 [ ただし ]

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千葉日台さん

美談と言う形になるかもしれませんが、逃げることの大切さを後世に残すべきですね。

2012/6/12(火) 午後 3:47 [ moriizumi arao ]


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