漢の英雄武帝と唐の美女楊貴妃の墓
−漢唐陵墓−
五陵平原(漢墓)
西安から西へ40キロ程田園地帯をペダルを踏むと、北側に咸陽の郊外に差し掛かった。街が遠くに見える。そこからさらに北西に20キロ、約1時間ほど自転車を走らせると、一面の平原のところどころに小山が見えて来た。
これは、山ではなく、皇帝の陵なのである。
この一帯の平原は五陵平原といわれ、
前漢11代の皇帝の中9人の皇帝の陵墓が東西に一直線に並んでいる。
その中で最大なのが、手前にみえる前漢の武帝の墓・茂陵だ。
[茂陵博物館と霍去病の墓]
茂陵
武帝は、霍去病に命じて匈奴を鎮圧し、シルクロードを支配下に収め、
漢の全盛期を築き上げた皇帝である。
現在は茂陵の周辺は公園整備化されている。
茂陵の全景 左後方が茂陵。 中央が霍去病の墓と茂陵博物館。
漢の武帝の墓・茂陵
茂陵は徒歩で登ることが出来る。高さ45.5mあるのでちょっとした山登りだ。
以前来た時には、茂陵と霍去病の墓だけがぽつんと有って、
春の季節だったので、一面菜の花が咲いていた。のどかさが感じられた。
中国は著しく観光化が進み、自然さや歴史的な素朴さがうすれていくようでさびしい。
始皇帝陵に一面に赤や黄色の洋花はなじまないと感じた。
すべからくこの調子である。
茂陵博物館
この茂陵のすぐ脇にあるのが霍去病墓。
霍去病の早死を惜しんだ武帝が自分の王陵のすぐ側に墓を造らせた。
猛将・霍去病の墓 武帝の信頼が厚かったが、24歳の若さで逝去した。
「去病」という名は病気が去るという意味で付けられたのそうだが、その名に反して若くして病死した。墓の霍去病の字をなでると病気が治るという伝説がある。
現在、霍去病墓は、茂陵博物館になっている。
茂陵博物館入口。
館内の敷地内には、庭園が築かれ、大きな動物の石刻が並んでいた。
茂陵博物館の庭園
馬踏匈奴(国宝) 宿敵匈奴を馬が蹂躙している。漢の意気軒昂振りが表されている。
臥牛などの動物 背後には茂陵が見える。
陳列室には茂陵周辺からの出土品が陳列されていた。
漢代鍍金馬(茂陵博物館のパンフレットより)
待ち望んだ名馬来たるの喜びが金の馬となって、形に表れているようだ。
楊貴妃の墓
茂陵から20キロ弱西へ行ったところに楊貴妃の墓があった。
安禄山の乱の折、玄宗皇帝一行が西へ逃げる途中に、
随行の兵士たちの楊氏に対する不満が爆発し、
楊国忠は殺され、楊貴妃はここ馬嵬坡(ばきは)で死を賜った。
楊貴妃墓入口
ブロックで周囲を固められた楊貴妃墓
楊貴妃墓は、以前は土の塚だったが、
その土が美容効果があるということで、多くの人が持ち帰るので、
現在はブロックで固められているとのことだった。
何処の国でも美女にあこがれる女性の気持ちは同じなのだ。ガッテン、ガッテン!(笑)
すでに、時間は6時を回っているが、日没は8時ころなので、咸陽市内のホテルには明るいうちに十分十分到着できる。
あちこちじっくり見たい一心でついつい強行軍になってしまう。
一人旅8日目の見学は、これで終了。
|
杜泉新生(もりいずみあらお、旅行作家)さん・・西安だけでなく、酒泉でも、武帝と霍去病に出遭えた気持ちになって、バカのように興奮していました。
楽農家(らくのうか)です。
2012/7/11(水) 午後 5:38
今晩はいつも特に嬉しいコメントありがとうございます。この記事に応援の☆ポチですよ!
2012/7/11(水) 午後 8:03 [ 清水太郎の部屋 ]
楽農家さん
武帝と霍去病はわれわれ男どもにとっては、強者のシンボル的な存在で私も結構憧れています。\(^o^)/。
2012/7/11(水) 午後 9:20 [ moriizumi arao ]
清水太郎の部屋さん
今日も応援ありがとう!
2012/7/11(水) 午後 10:28 [ moriizumi arao ]
武帝と衛青、カクキョヘイにキョウドのボクトツゼンウ、トウマンゼンウ、キョウドに降嫁した何とか公主・・・
この頃の中国はダイナミックですね。
清帝国もヌルハチから康煕帝くらいまではまだ漢文明に毒されて無くて良いですね。
先年玉門関に行きましたが小さな廃墟があるだけで、夥しい軍馬のいななきとかを想像することは出来ませんでした。ブヨが多くて閉口したのだけは覚えています。
ATOKの辞書になくカタカナ書きしました。どうしても漢字を出したければ、ウイキペディアで前漢とか引けば出て来ますが。カクキョヘイという言葉を初めて見たのは司馬遼太郎さんの著作の中でしたかね。
名前に病が付くので変な名前だなあと思っていました。何か良い方の意味があるのかも知れませんね、あちらでは。
2012/7/12(木) 午前 7:38 [ ロートル ]
ロートルさん
あなたも同好の士ですね〜。
こんなに関心を持っていただくと、アップのし甲斐があります。
多分、匈奴に降嫁したのは王昭君のことではないでしょうか?
こちらをご覧ください。
http://blogs.yahoo.co.jp/sakurai4391/33844466.html
2012/7/12(木) 午前 10:35 [ moriizumi arao ]
ロートルさん
霍去病の
「去病」という名は病気が去るという意味で付けられたのですが、その名に反して若くして病死しました。彼の墓は武帝の墓である茂陵の近くにあり、現在は展望公園として整備されていますが、墓の霍去病の字をなでると病気が治るという伝説がある。
2012/7/12(木) 午前 10:50 [ moriizumi arao ]
こんばんは〜(^-^)
昔、日本が大陸を欲しがった訳が分かりますね。
国が広いと何もかもが日本のスケールとは桁が違って
広い敷地で大きい建物ばかりですね。イイね!
女は死ぬまで若々しくありたいと願っているのです。
楊貴妃さんまでとは全く行きませんが、シミの一つも
消えてくれたらな〜なんて思っていますよ。(笑)
2012/7/12(木) 午後 11:25 [ あゆみ ]
あゆみさん
女は死ぬまで若々しくありたいと願っているのです―― これって女性にとってとても大切なことだと思うな〜。「イイね!」
男性もそれを望んでいるでしょうね。きっと
2012/7/13(金) 午後 3:28 [ moriizumi arao ]
あゆみさん
「イイね!」ありがとうございます。
2012/7/13(金) 午後 3:29 [ moriizumi arao ]
ご訪問とコメントをありがとうございました。茂陵を訪ねたことを懐かしく思い出しました。TBさせていただきます。
2012/7/13(金) 午後 8:38 [ mog*m*13 ]
mog*m*1338さん
訪問とコメントありがとうございました。
TBもありがとうございました。
訪問します。
2012/7/13(金) 午後 10:05 [ moriizumi arao ]