西域への送別の地・咸陽
咸陽へ向かう 交通事故2度目撃
その日の宿泊地咸陽へ向かう。
茂陵から20数キロキロほど自転車で走る。
茂陵を出てまだ10キロほどしか走らないのに交通事故現場を二度見かけた。
交通量が少なくて見通しが良いので、無謀な運転をするためだろう。
居合わせた野次馬が「国境のカシュガルまではきっと30 件は見かけますよ」と言う。
これが現代シルクロードの現状のようだ。
西安から離れるに従いオート三輪の数が多くなってきた。田舎に行くほど増えてくるようだ。
興味深い咸陽の謂れ
2004年に来たとき、現地のガイドから咸陽の謂れを聞きました。
とても興味深いものでした。他の都市にも応用できそうです。
――中国では古くから山の南側、川の北側を”陽”と指します。たとえば瀋陽は瀋川の北に位置し、洛陽は洛河の北に位置します。日本でも、中国山地の南側を山陽、北側を山陰と呼んでいるでしょう。咸陽の咸は「全て」という意味があり、これは渭河の北で、岐山の南にあった土地に都市を築いたので、全てが”陽”であることから咸陽としたものです。古来、長安(西安)の都からしても渭水の北岸の陽のあたりやすい河岸段丘(南向斜面となる)は、咸陽(陽の当たる場所)と言う名に由来するように風水のいい場所であり、歴代の皇帝達の永遠の住居として陵墓が築かれました。
咸陽の今
押し寄せる都市化の波
咸陽もご多聞に漏れず、急速な 都市化が進んでいた。
2005年には余り大きなビルはなかったが…、中心地は高層ビルだらけになった。
17時10分ごろ、 咸陽のホテルに到着。
いつもは30元を目安にしている私にしては珍しく高級なホテルである。
500元を、朝食抜き300元で交渉成立。
200元が目標だったが、まあいいか。
300元以上ならば、他を探すつもりだった。
ひさびさに30元ホテルからの脱却である。
ちなみにこのシルクロードひとり旅での宿泊は、
中国では30元以下、中央アジアやイラン、トルコでは10ドル以下の宿に泊ることを目標に している。
ホテルには赤いアドバルーンが10数個打ち上げられている。
各アドバルーンにはスローガンや歓迎の文字が書かれた垂れ幕がつけられていている。
なかなか見事な眺めだ。
その日は共産党の幹部がこのホテルで会議を開いており、そのための歓迎バルーンだとのことだった。
いにしえの咸陽 シルクロードへの送別の地
咸陽は、西安の西北30キロ 渭水の北岸にあり、始めは渭城と呼ばれていた。
紀元前350年に秦の孝公が都とし、
紀元前221年に始皇帝が中国を統一したときも咸陽を都とした。
始皇帝はひとつの国を滅ぼすたびに、その宮殿を模して新しい宮殿を作らせたという。
秦の始皇帝の大宮殿・阿房宮跡の南に復元された「秦阿房宮」
この阿房宮が焼かれた時、3ヶ月燃え続けたといわれていたが、
2000年の初め、阿房宮は焼かれていないという見解が示されて大きなニュースになった。
その後しばしば名前が変わり、唐の時代に咸陽と改められた。
当時、西域を旅する人は、
長安城の開演門を出て、渭水に架かる咸陽橋を渡り、
渭城で別れの宴を催した。
現在の咸陽橋
そして、一晩中飲み明かして別れを惜しんだという。
最果ての地へと旅立つ人との別れに際して名残が尽きなかったのであろう。
ホテのすぐ側に渭水が流れている。
到着した夕方、渭水のほとりに腰を下ろし、
川向こうに見える咸陽東楼を眺めた。
そして、缶ビールを片手に、王維の「送元二使安西」を歌った。
渭城朝雨浥軽塵 渭城の朝雨 軽塵を浥す
客舎青青柳色新 客舎 青青 柳色新たなり
勧君更盡一杯酒 君に勧む更に盡せ一杯の酒
西出陽関無故人 西のかた陽関を出ずれば 故人無からん
こうして気ままに行動したり、思ったり出来るのはひとり旅ならではであろう。
咸陽の夜 〜服務員とちょっと一杯〜
夜になって、ホテルの服務員の仕事終わりを待って、
親しくなった服務員の一人を誘って居酒屋へ飲みに行った。
夜のイルミネーションも以前より数段輝きを増した。
私は旅先でたいてい、夜になるとホテルの副支配人を誘って飲みに行く。
現地の情報に詳しい人から教えてもらうのが一番だ。
話が弾んで、「明後日私は用事で平涼まで行くのでよかったら案内しながら送りますよ」
ということになった。
「実は、明日は唐代の墓陵を見学して明後日は平涼に向かう予定だったのですよ。まことに好都合です。 万々歳!!です」
かなり飲んで食ったがが、副支配人さんの顔もあったので、二人で50元(当時700円)
咸陽の朝
9日目の朝
ホテル近くを恒例の散歩したが、道路は細かい砂でいっぱいだ。
何人かの女性や男性たちが大きなほうきで通りを掃除している。
こうした光景は、シルクロード沿どの都市でも見受けられる光景で、
シルクローの朝の風物詩になっている。
ただ今ウォーキング中
中国ではちょっと裏通りに入ると道にはゴミが散乱。
大通りとのギャップが大きいのはどこの都市でも共通だ。
ホテルは朝飯抜きなので小さな食堂で牛肉麺(5元)を食べる。
朝ごはんを食べた食堂の女主人とおねいさん ちょっと美人かな?
皆さんそろそろ通勤にお出ましです。町は活気付いてきました。
通学中の小学生たち 子供たちの笑顔はいつも幸せな気持を与えてくれます。
小さく写っているカップルさん 朝からとても中睦まじそうでした。
彼女は相当な美人でしたが遠慮して声をかけずじまい。
今思うと残念…でした。
ホテルに戻って、フロントに預けてあるリュックを受け取って、自転車で出発です。
今日はは、唐代の陵墓の見学日す。
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陽の意味がよくわかりました。
垂れ幕がたくさん下がっていて見事な眺めです。
2012/7/12(木) 午後 3:21
りょうさん
中国の街には派手な垂れ幕やアドバルーンが多いですね。
中国人は派手好みだな〜って思いますね。
「イイね!」ありがとうございます。
2012/7/12(木) 午後 4:46 [ moriizumi arao ]
杜泉新生(もりいずみあらお、旅行作家)さん・・ボクは敦煌郊外の陽関(ヤンクワン)を訪れたとき、感激のあまり地面に正座し、大地に接吻しました。「西のかた陽関をいずれば故人なからん」その句しか覚えていなかったのですが、(まさか、この地に!)という感慨がありました。
楽農家(らくのうか)です。
2012/7/12(木) 午後 5:17
私にとっては咸陽は秦の都というイメージがありますね。
イイね
2012/7/12(木) 午後 10:13 [ chama ]
こんばんは〜(^-^)
笑顔というものはどこの国の人でも老若男女いずれでも、
「幸せ」を感じさせてくれますね。笑顔をありがとう。
イイね!
2012/7/12(木) 午後 11:13 [ あゆみ ]
楽農家さん
私が洋館を3度目に訪れた時には、ものすごくきれいな夕焼けでした。
西への思いをさらに強めました。
2012/7/13(金) 午後 3:33 [ moriizumi arao ]
今日はいつも特に嬉しいコメントありがとうございます。この記事に応援の☆ポチですよ!いいですね!楽しみが増えました!
2012/7/14(土) 午後 0:10 [ 清水太郎の部屋 ]
清水太郎の部屋さん
いつも応援ありがとうございます。
「イイね!」は楽しみがありますね。
これからもよろしくお願いします。
2012/7/14(土) 午後 1:00 [ moriizumi arao ]
あゆみさん
外国へ行くと日本よりもたくさんの笑顔に出会うことができてとても楽しみなんですよ、
「イイね!」ありがとう!
2012/7/14(土) 午後 1:02 [ moriizumi arao ]