|
高宗と則天武后の合葬墓乾陵
防寒に備えた快適な自転車旅
昭陵から西へ20キロほどのところにある乾陵へ向かった。上ったり下ったりで大変だが、バスやタクシーなどで移動するよりもずっと旅らしいと感じて快感なのである。「苦あれば楽あり」―― これが堪えられない。
この心地よさは,四国歩き遍路でとことん経験している。
こうした旅が「究極の旅」なのだな〜、まさに「男旅だ」なんて思いながらペダルを踏む。
私の旅は、必要最小限の身の回りの物をリュックに詰め、大きな旅行ケースはあらかじめ1週間か10日先まで送っておく、いわゆる自称「セミバックパッキング」の旅なのである。現在は西安から蘭州へ送ってある。
めったに雨が降ることがないので安心だが、万一に備えて、防寒にだけは十分備えている。 この地帯は標高千メートル位で、寒暖の差が激しいので、道に迷って夜になると零度近くまで下がってしまう。
この一帯には果物畑が多い。西安の西はりんご、南はキウイ、東はザクロ、北はなつめの産地である。時には農作業のおじさんに声をかけると、果物をくれることもある。ふと前方を見ると、道端に薄い板に墨で「桃子」と書いた看板が立っていた。桃の露店だ。こうしたところはいかにも中国的だ。のどが渇いたので買うことにした。
一斤(500g)3元だという。西安の屋台で1元で買ったと言うと、1元になった。
ただでくれるほど気前がいいが、いったん商売になるとなかなかのしたたかさを発揮する。まあ少しは色を付けてやろうか…と思っても、露骨にそれに付け込んでくると、
馬鹿にされた気になって、ついついむきになって値段交渉をしてしまう。(苦笑)
則天武后(武則天)は高宗の皇后であったが、皇帝の死後、巧みな権謀で自ら皇帝に即位した。 彼女は、漢王朝の呂后、清王朝の西太后とともに、中国三大悪女といわれ、 中国の歴史上において特に国を陥れた女性の中に数えられている。 乾 陵
乾陵も、昭陵と同様、山を利用して作られたものである。
この巨大な陵は、昨日20キロも離れた茂陵からも見えたくらいである。 数キロまで近づくとその大きな姿がはっきりと目に入ってきた。 山の形はやわらかい曲線を描き、日本で乳頭山といわれる山に似ている。
二つの山にそれぞれ乳頭のような突起が見える。 これらは「則天武后の乳房」と呼ばれている乾陵の乳頭峰(にゅうとうほう)だ。 近づくとますますその巨大さが迫ってくる。 これが皇帝の権勢というやつか… 幅広い神道(墳墓への道)の両側には、有翼のペガサスやダチョウ、獅子、石人などがずっと並び、 世界帝国・唐の威信をいやというほど見せ付ける。 始皇帝陵よりはるかにスケールが大きい。
まさにこれ見よがしといったところだ。
壮大な姿を見せる乾陵 乾陵は唐第3代高宗とその皇后則天武后の合葬墓
神道(墳墓への道)には、西方の国の人物や動物などの石刻が居並んでいる。 まさに国際色豊かな唐の隆盛を彷彿させる 神道に立つ翼のある馬(ペガサス)
神道の脇には石人や」動物などの石刻がずらりと並んでいる。
乾陵の神道に立つ則天武后の無字碑
則天武后が、自分の功徳は文字に書き表せないほど偉大であるとして、文字を刻まずに立てさせたという。これは彼女の絶大なる自信と傲慢さの陰に隠された、自らのうしろめたさや引け目があるのではないだろうか。
いまは、後世の人が刻んだ落書きのような刻文が数多く見られた。どんな内容なのか判別できなかったが、興味のあるところだった。
神道を登り切ると「」と書かれた石碑が立っており、
そこから陵墓のある頂きまでは、両脇が木で囲まれた山道が通じていた。 単なる山登りに終わるのでは?、と思いつつもやっぱり登った。 取り立ててなにもなかったが、この真下に太宗と則天武后が眠っているかと思うと、満足感があった。王者気分を味わった。 陵墓の墓室には、地下宮殿を築いて皇帝夫妻の来世の住まいとしたという。
則天武后の宮殿では、西安の唐楽宮でみたような華やかな唐美人の舞が毎夜繰り広げられていたことだろう。
いや現在でも私の足元の地下宮殿で踊りが催されているかもしれない。
西安 唐楽宮にて
眺めも最高だったが、黄砂のためか遠方が少しかすんでいたのは残念だった。
中国がかかえる環境問題をここでも垣間見た。
乾陵の真骨頂は、長年盗掘されずに保存されてきたであろう地下宮殿にある。
地下宮殿に一体何が埋葬されているのか? 世人が最も興味をそそられるのは、書聖・王羲之の名筆である「蘭亭序」真跡である。 もし存在すれば間違いなく人類の至宝となるであろうと言われている。 この書は、高校の書道の教科書でお目にかかったことをしっかりと記憶している。 私にとって王羲之は、当時は歴史上の人物として興味があったのである。
王羲之の名筆である「蘭亭序」(八柱第三本)
出典:フリー百科事典 ウイキペディア
乾陵の近くには、則天武后の孫娘の永泰公主の陵墓があります。
次はそちらへ出向きます。
|
シルクロード2万キロ一人旅
[ リスト ]






今日はいつも特に嬉しいコメントありがとうございます。行きたいですね!唐の国へ!応援の☆ポチですよ!
2012/7/15(日) 午後 3:04 [ 清水太郎の部屋 ]
近年の中国政府や漢人には不満を持っていますが、文化は素晴らしいですね。
それに漢人だってよい人がたくさんいますよ。
ぜひ行ってみてください。
2012/7/15(日) 午後 3:11 [ moriizumi arao ]
yahari chuugokuno ryouga

やはり中国の陵はスケールが違いますね。
墳墓への幅広い神道、雄大ですね。乳頭峰は
一度聞いたら忘れない名前ですね。
イイね!
2012/7/15(日) 午後 6:32
ご無沙汰してました。
乾陵には1993年11月に行ったきりです。もう20年近く前になりますが、懐かしいですね。
ポチ☆
2012/7/15(日) 午後 7:28
Kasayさん
訪問とコメントありがとうございました。
乳頭は我々の故郷ですね。
中国の文化遺産はどれもこれもでっかいですね。
どこへ行って驚きです。
「イイね!」ありがとうございます。
2012/7/15(日) 午後 7:53 [ moriizumi arao ]
アノニマさん
私と同じ時期にい行っているんですね。
根本的には変わらないのですが、公園化されて妙にきれいになりましたね。
「イイね!」ありがとうございます。
2012/7/15(日) 午後 7:58 [ moriizumi arao ]
おはようございます。
中国の史跡は壮大で圧倒されますね。時の権力さの力がよくわかります。
桃の味はいかがでしたか?
イイね!
2012/7/16(月) 午前 9:41 [ バタフライ ]
バタフライさん
スイカや瓜は圧倒的に向こうの物がおいしいのですが、
桃は品種改良された日本物の方がおいしいようですね。
子供のころに食べた素朴な味です。
「イイね!」ありがとうございます。
2012/7/16(月) 午前 11:31 [ moriizumi arao ]
こんにちは〜(^-^)
おっしゃる通り、超がつくスケールの大きさですね。
ダチョウや獅子など、シルクロードを通じて西方から伝来した動物の石刻の写真は、日本の狛犬にそっくりです。イイね!
2012/7/16(月) 午後 4:02 [ あゆみ ]
あゆみさん
動物の守り神は唐代よりずっと以前からあったようですね。
「イイね!」ありがとうございます。
2012/7/17(火) 午前 0:34 [ moriizumi arao ]