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東日本大震災から1年半
復興に向けて
東日本大震災から1年半を迎えます。
被災地では一時も早い復興を心から望み、それに向けた動きも着々と行われています。
どこの津波被災地でも、集められたがれきがごくわずかずつ処理されている程度で、見たところほとんど変わりはありません。変わったのは、がれきが取り除かれた跡地に草が生い茂ってきたということくらいでしょうか…。 わびしいですね〜。
国や行政の復興計画自体が決まっていないので、復興作業も進みようがないのです。 復興予算がこんないい加減な使われ方をしていたのか! と、憤りと失望を強く感じました。
そんな中でも、自分たちにできることを着実に実行している人たちも少なくありません。
被災地へぜひ足を運んでください
被災地の皆さんと接するたびに強く感じることがあります。
復興がいくらかでも進むに連れて、被災者の希望やニーズが多様化して来ることです。でも共通していることがあります。
それは、「より多くの人たちに被災地を訪れてほしい」ということです。
9月9日NHKテレビ放送の「明日へ」で、気仙沼市の人々が、
「街を見に来てほしい、たくさんの人に!!」
「情報で知るだけでなく、空気を肌で感じてほしい」
「大震災を風化させたくない。それにはたくさんの人に見に来てほしい」
「頑張っている人たちがいるなあ、ということを、見てほしいなあ!」
「(復興の)スピード アップ!」
などの希望を話していました。
私も思うのですが、多くの方々に来ていただくことによって
「俺たちは見捨てられていないんだな〜」と、励みや元気が出ると思うのです。
被災地に来て実際見ていただければ、あなたに合った支援の仕方が実感として見えてくると思います。そうすれば、思いやりを持った上での支援をしていただけると思います。
「来てけさいね〜」(来てくださいね〜)
東日本大震災に遭遇して
わたしがこれまで発信した東日本大震災の記事です。これを見ながらこれからの復興について考えていただければ幸いです。
崖崩れが起きている中を高台へ避難
南北から押し寄せた20m〜30mの津波が中央付近から激突
巨大津波が激突してせりあがる。
巨大化した津波が50mの高台に向って押し寄せたのでさらに避難
2.金華山 地震と津波の爪跡 3.予期せぬ救出
石巻から60キロある我が家まで2日掛かりで歩いて帰りました。
12.我が家の地震被害
全壊に近い大規模半壊だった。
南三陸町防災対策庁舎 2011.3.26 18.崖崩れの中のを命がけの避難 〜震源地に最も近い金華山での被災体験2
19.東日本大震災に遭遇して今思うこと 〜ボランティアの皆さんに感謝 20.金華山 巨大津波の激突〜震源地に最も近い金華山での被災体験3 21.生かされた命
22.東日本大震災の教訓 津波の前に引き潮があるとは限らない1 私のチリ地震津波体験 23.「津波の前必ず引き潮」という誤信が悲劇招いた岩手・大槌 24.金華山での命からがらの逃避行 そして孤立無援の牡鹿半島での一週間. 私もささやかながら支援を粘り強く続けていきます。
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あきぼんさん
毎月11日にはどこかの被災地を訪れることにしています。
鹿折地区にある大きな船はどうなるのでしょうね。
石巻へ行ったときには必ず日和山から街全体を観察します。
このことはまだまだ続くことでしょう。
2012/9/11(火) 午後 4:02 [ moriizumi arao ]
大室さん
丁寧なコメントありがとうございました。
民主党政権下でこの大震災を迎えたことは、日本全体として大きな損失でしたね。
これに懲りて選挙民もしっかりと見る目を養わないといけませんね。
被災地を実際に見ると、震災に対する考え方が変わると思います。
2012/9/11(火) 午後 4:08 [ moriizumi arao ]
谷山稜さん
桜ぜひお願いしますね。
それが我が選定した場所だったれ余計にうれしいですね。
2012/9/11(火) 午後 4:15 [ moriizumi arao ]
僕たちチームあすなろのブログをお訪ね下さりありがとうございました!!
7月には金華山を見に行きました! 美しい景色に感動しました。
今月も今週末から牡鹿に行きます。
私たちの活動は、まだ始まったばかり。まだまだ先が見えません。
復興支援に一緒に来てくれる仲間を待っています!!
ブログに書き込みをお願いします。見つけたらDMでお誘いのメールを送ります!!
これからも活動をアップしていきますので、皆さんのサポート待っています!!
2012/9/11(火) 午後 8:44 [ チームあすなろ復興支援活動 ]
1年半経ちました。あっという間でした。
私達も先日気仙沼に行って来ましたが、内陸部に比べると復興が遅々として進んでいない、道のりは長いということを改めて実感しました。
しかし、そんな中でも復興屋台村をオープンさせた逞しい人達もいます。尊敬に値します。
記事をTBさせていただきます。
ナイス!
2012/9/12(水) 午前 0:08
あなたたちの活動は被災者の皆さんにとってはとても大きな力になると思います。 ありがとうございます。
これからもガンバッテください。
2012/9/12(水) 午後 2:49 [ moriizumi arao ]
おふみさん
そちらのゲスブをご覧ください。
2012/9/12(水) 午後 3:03 [ moriizumi arao ]
Kazuno_mituさん
屋台村はあそこは活気に満ちていましたね。
復興方針が決まらず、いつ行ってもどの被災地も変わらないですね。
今年の初めでさえ、東京から来た人たちはもう復興居ていると思っていましたね。
さっぱり復興していないことに驚いていました。
2012/9/12(水) 午後 4:12 [ moriizumi arao ]
今日は!
あの日の事は、頭と目に焼き付いています。40年ほど前仙台に6年
程住んでいましたので、気仙沼も金華山も石巻も全て、想い出の地です。そのうち又行ってみたいと思っています。 がんばれ!東北!
2012/9/12(水) 午後 4:46 [ TOMI-旅子 ]
TOMI-旅子 さん
エールありがとう! \(^o^)/
ぜひ来てみてくださいね。
復興後はまた変わることでしょう。
2012/9/12(水) 午後 6:37 [ moriizumi arao ]
コメント有り難うございました。
私は沖縄医療生協の組合員です。
大震災の当初3月から沖縄協同病院からスタッフ第1陣・第2陣・第3陣・・・と、バトンタッチで宮城県多賀城市の坂総合病院に行って救援活動をしてたようです。
我が沖縄医療生協を誇らしく思います。
2012/9/13(木) 午前 8:40 [ yanbaru_22 ]
yanbaru_22さん
震災の跡多くの自治体や公共機関から多大なご支援をいただいていることにとても感謝しています。
自分自身被災地にボランティアに行くたびに、他県の方々のご支援をいただいているのだから、我々宮城県民はもっと頑張らなければと思いました。
多くのご支援ありがとうございます。
2012/9/13(木) 午後 0:14 [ moriizumi arao ]
ご無沙汰しております。
牡鹿の沼倉です。
震災から1年半が経過し、金華山の復興も徐々にですが進んできています。
これから、金華山黄金山神社や行政、事業者等により委員会を立ち上げ、金華山再生について話し合いの場を設けようと取り組んでいます。その際に金華山の歴史や再生過程の物語をまとめていきたいと考えています。
そこで、ブログにあります写真を使わせていただきたいので、メールさし上げました。
以前ご了承は、いただいておりますが、今回は金華山再生のための委員会で使用することになりますので、改めてご依頼する次第です。
よろしくお願いします。
2012/9/18(火) 午前 10:53 [ kabutaroh ]
kabutarohさん
喜んで提供いたします。
どうぞお使いください。
2012/9/18(火) 午前 11:00 [ moriizumi arao ]
kabutarohさん
そちらのゲスブへお伺いします。
2012/9/18(火) 午前 11:10 [ moriizumi arao ]
kabutarohさん
6月9日に金華山へお礼参りに行ってまいりました。
2012/9/18(火) 午前 11:15 [ moriizumi arao ]
ご提供のお言葉、本当にありがとうございます。
金華山再生委員会(まだ仮称です)は、来年が12年に1度の金華山黄金山神社巳年大祭にあたっているので、それに向けた取り組みが必要と思い、これから組織します。
こちらでブログ等を立ち上げた際には、すぐにご連絡いたします。
また、写真の提供者として、お名前を使わせてもらってもよろしいでしょうか?
2012/9/18(火) 午前 11:35 [ kabutaroh ]
ブログを立ち上げていただくと(仮に記事を発信しなくても)、そちらのゲストブックへ訪問して連絡しやすくなりますね。
復興関係のブログなどいかがでしょうか?
実名でもよいですよ
2012/9/18(火) 午後 5:35 [ moriizumi arao ]
moriizumi araoさん。
素晴らしい記事ですね。
転載させてください。
TBはってきますね。
2012/10/28(日) 午前 7:54
きんちゃん
tbありがとうございます。
これからもがんばってください。
2012/10/29(月) 午後 4:53 [ moriizumi arao ]