|
18日目(9月12日)
クチャ2日目の朝、いつも通り朝の散策に出発。まだあたりは薄暗い。
砂漠地帯は一日の寒暖の差が激しい。日中は40度近くになるが、朝晩は20度を下る。半袖では肌寒い。
大通りを外れて、農家が並ぶ小道へと自然に足が向いた。道の両側は背高のっぽのポプラ並木だ。
ちらほらと人の姿が見える。
前方からオジサンが何やらかじりながらこちらに向ってゆっくりと歩いて来る。ちょっと見は怖そうだ。近くへ来たので、ウイグル語で「ヤフシムスィズ(こんにちは)」と声をかけると、オジサンの表情は急にゆるんだ。コミュニケーションの第一歩はあいさつ。しかもウイグル語での挨拶がオジサンのこころをすっかりとらえたようだ。
片手をあげて「ヤフシ、スィズチュ?」と応えた。私のウイグル語は、ガイドブックから旅ノートに写し書きした簡単な会話と単語だけである。何時も「これ流」でけっこうコミュニケーションが取れている。
オジサンは何かちぎりなが口へ入れてモグモグしている。ナンだ。彼はちょっと大きめにちぎったと思うと、私に差し出した。わたしは 「ラハメット ありがとう」と言いながら遠慮なくいただいて、できるだけおいしそうに食べた。日本のように遠慮して一応断るのはタブー。とても失礼なことなのです。好意はありがたく受けるのがシルクロード流です。
写真を撮るときはナンをポケットにしまいこんだ わたしは何はともあれ「メン ヤップンヤリッキ(わたし 日本人)」と言うと、その辺で立ち話をしているオバサンたちに向かって「ヤップンイェー(日本) ヤプンイエー」と声をかけて、呼び集めた。
オバサンたちはカメラを見つけると、カメラを指さしてから自分を指さして、撮ってくれといいしぐさをした。さっそく親善撮影。
最初に撮ってくれとsi この二人は夫婦でした
上の夫婦のむすめさんは、少しはにかんで…
こちらは母娘です
ごめんなさい! ちょっとはずれましたね〜 みなさんは日本人の私を珍しがってどんどん話しかけますが、さっぱりわからない。
苦し紛れに、私はメモ帳を見ながから、カタカナのウイグル語を発音してから、日本語で発音してみた。みんな子供のように喜んで真似をした。ちょっとした日本語教室が始まった。みなさんは私の後について発音する。
「ヤップンイェ― 日本」
「ラハメット ありがとう」
「ハイェル ホッシュ さようなら」
などなどだ。
例の積極的なオバサンが珍しそうに私のメモ帳をのぞくと、ほかのオバサンたちも見せてくれと私を囲みこむように近づく。
時計を見ると20分以上たった。他の場所も見てみたいので、あまり時間がない。楽しい日本語教室も切り上げなければならない。
「ハイェル ホッシュ」 と言って大きく手を振って別れた。
その後10分ほど農家の住宅地を回った。
http://awd.heteml.jp/wb/wb0709-10/20071026_33m.jpghttp://awd.heteml.jp/wb/wb0709-10/20071026_34m.jpg
子どもとの出会いはいつも楽しいものですね 農村地帯から大通りに戻ると、入るときにつながれていたロバが相変わらず辛抱強くその場にいた。
|
シルクロードの旅2004
[ リスト ]








