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「みちのく巡礼」
「東日本大震災犠牲者慰霊・福島巡礼地をめぐる旅」
みんなで力を合わせて準備を進めてまいりましたが、いよいよ明日20日実施を迎えました。 何分にも初めての実施ですので何が起こるかわかりませんが、天のご加護を信じて頑張ってまいります。これまでの皆様のご支援に感謝申し上げます。
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巡礼寺院のプロフィール
同慶寺
福島県南相馬市小高 曹洞宗。
相馬藩主累代代の菩提寺。境内には26基の墓碑と霊堂1棟があり、推定樹齢300〜400年のイチョウの大木は、南相馬市指定天然記念物になっています。小高相馬野馬追では例祭前日に同慶寺境内で「墓前祭」が執り行われます。原発事故の後、住職ご一家はしばらく福井県などに避難しましたが、現在はいわき市の仮設住宅に居住しており、住職さんがお一人で寺に通ってお勤めを果たしています。住職さんは精力的に活動をされており、本年3月13日から4月30日まで「命の行進」に参加し、南相馬から青森県大間まで太平洋沿岸部を歩き通しました。
歴代藩主の墓碑
タオライアーを奏でて大銀杏と対話しているのかもしれません
福聚寺
福島県三春町 臨済宗。
住職の玄侑宗久師は、2001年『中陰の花』で第125回芥川賞を受賞した作家であり、東日本大震災復興構想会議の委員を務めています。境内の大きな枝垂桜は、400年ほど前に滝桜から植え継いだものだそうです。境内には三春の城下町を築いた田村氏三代の墓もあります。今回のツアーでは、東日本大震災に関する法話をいただきます。
波立寺
福島県いわき市久之浜町、臨済宗。
806年徳一大師が海上鎮護を念じ、天竺渡来の阿弥陀如来を安置して創建したといわれている波立薬師(はったちやくし)として有名です。 すぐ側に波立海岸は、奇岩怪石が連なり、海には歩道橋で結ばれた弁天島があり、鳥居が設置されています。荒波を常に受けており、地元では渦潮が見られるスポットとされています。また、県内随一の初日の出のスポットとして有名です。津波被害に耐えた赤い鳥が毅然とした姿を見せています。ちなみに寺の名まえは「はりゅう」寺。薬師と海岸の名前は「はったち」。東日本大震災の折、お寺は津波被害を受けましたが復旧しました。
医王寺
福島市飯坂町
826年(天長3)年、空海作の薬師如来像を祀り、草堂を建てたことに始まると伝えられている。
平安時代末、信夫荘司佐藤一族が菩提寺としました。
1689(元禄2)年5月、「奥の細道」の旅で医王寺を訪れた芭蕉は、佐藤一族に思いをはせ、「笈も太刀も五月にかざれ紙幟」の句を残しました。句中に登場する笈は武蔵坊弁慶が寄進した物という言い伝えがあります。1800年に立てられた句碑があります。「乙和の椿」と呼ばれる有名な椿の木があり、この椿は、佐藤継信・忠信を失った2人の母、乙和御前の深い悲しみと母情が乗り移ったかのように、花が開かずに蕾のままで落ちてしまうとのことです。東日本大震災の時は、福島市では唯一、原発事故で避難してきた人々の避難所になりました。
徳本寺(千年の塔)
宮城県山元町 曹洞宗
山元町の沿岸部にあった徳本寺中浜墓地は、大津波で壊滅状態となり、あたりは地盤沈下も進み、災害危険区域となったため、内陸部の徳本寺境内地に移転しました。今回訪問する東日本大震災慰霊碑「千年の塔」は、その墓地跡に建立されています。すぐ隣には、震災遺構として遺される中浜小学校があります。
住職の早坂文明さんは多くのボランティア活動を行っています。徳本寺は、外務省認可の社団法人であるシャンティ国際ボランティア会「国際ボランティアの寺」に登録されています。特に、アジアの子供たちへ教育・文化支援を行うことによって、社会に開かれた国際貢献の寺を目指しています。早坂住職さんは、徳本寺3分間テレホン法話を長く続けておられ、その内容をまとめた東日本大震災を語り継ぐテレホン法話集 『まっすぐに ただ、まっすぐに―3.11その先へ― 』や 第2集 『一歩先へ 二歩先へ―3.11その先へ―』などを出版なさっておいでです。
震災遺構として遺される予定の中浜小学校
みちのく巡礼の活動は、
被災者の心の復興・被災地の経済復興に寄せる皆様の温かい支援によっ て支えられております。
これからもよろしくお願い申し上げます。
活動へのご参加大歓迎です。
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みちのく巡礼祈りの場紹介
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旅行楽しいですよね
2014/9/19(金) 午後 6:07