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「生かされた命」―― みちのく巡礼の原点
津波が大分収まって静かになりかけた海をしばらく見やっている、だいぶ気持ちが落ち着いて来た。
しかし、この時点では、自分たちを襲った津波が、向かいの牡鹿半島では鮎川を壊滅状態にしているということまで、思いは及びませんでした。ましてや、他の場所で2万人近い人々の生命を奪うことになろうとは… 、到底そこまでは想像出来ませんでした。
ただその時漠然と思ったのは、《自分が3度も命が助かったのは、何か目に見えない大きな力によって生かされたのではないか》ということでした。.
そして同時に心に浮かんだのは、四国遍路でお接待をしてくれたおばあちゃんたちが行っていた「人のためにお役にたちなさい、とお大師様に生かされています」..という、優しくも毅然とした言葉でした。これがみちのく巡礼の活動を開始した発端になっております。
津波がほぼ収まったので、こころにゆとりも出て来たので、、少し下の地点、 標高55〜56メートルにある「大震嘯災記念碑」まで見に下りました。これは昭和8年3月3日の昭和三陸沖地震被災記憶を残すために建立されたものです。これまではあまり関心はありませんでしたが、このような巨大津波を経験した後なので、強く興味を持ちました。
大分読みづらくなっていますが、よく見ると、碑文には、次のように書かれていました。
「地震があったら津浪の用心」 「それや来た逃げよう五本松」 五本松というのは、現在ではこの呼び名はあまり言われないようですが、5本の松があった高台を指すのでしょう。地震が来たら津波を用心せよ、津波が来たら、五本松の高台を目指して逃げよ……という教えを書いたものに違いありません。私たちもこの教えを守ったので、命が助かったのです。こうした碑は、三陸各地で見かけましたが、大きな津波がここまで登ってきた…という津波の恐ろしさを知らせる警報の役割を果たしています。 今後このような役割を果たす石碑がどんどん立ってもらいたいものです。
しかし、震災後多くの津波被災地で見かけたのですが、すっかりこけ生して、文字が読めないものが多かったのは残念でした。
私たちが、慰霊碑や震災を伝える碑を寺院の境内に建立する大きな理由は、寺院の継承力、つまり、維持管理と語り継ぎが継続して行われるということなのです。
みちのく巡礼の活動
みちのく巡礼の活動は、
被災者の心と被災地の復興に寄せる
皆様の温かい支援によって支えられております。
*活動支援金は、郵貯銀行の下記の口座(振替口座)でお受けしています。
口座記号番号:02210-0-114386 口座名称:一般社団法人みちのく巡礼
詳細はみちのく巡礼」ホームページ をご覧ください。
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♪こんにちは。
津波の到達点を示す「大震嘯災記念碑」
みちのく巡礼の ご活動、
東日本大震災で命を落とした人々を慰霊し、
「祈りの場」の創設から 被災者の心と地域の復興に ナイス!候。
120周年記念 十八世中村勘三郎を慰霊の 吉例顔見世を トラバ候。
2014/12/21(日) 午前 10:32 [ EGACITE ]
> EGACITEさん
いま思っても当時の怖さが今の出来事に思えます。
自然さjが井野恐ろしさを伝えなければならないと痛感しています。
コメントありがとうございます。
2014/12/22(月) 午後 9:01 [ moriizumi arao ]