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夜になると、金華山全体が暗黒の闇に閉ざされた。外に出ると周囲は全く見えない。
大きな建物の中にローソクが1本。いかにも頼りなげに弱々しく点っている。そのローソクを囲むようにして、11人が車座に坐った。相手の顔がやっと見える程度である。他人ならば識別が付かないであろう。
夜になっても、震度5〜6程度の余震が何度も起こった。その度に、地面から沸きあがる唸りのような不気味な音や、待合所の瓦がぶつかり合うガラガラガラ〜という音が建物中に轟が渡った。まことに恐怖だった。まだまだ予断の許されない状況だった。
しかしながらここでは、我々は比較的安全な状態におかれている。そうなると、船で沖に出た二人の仲間のことが心配だった。大きな岩や松の木が落下してくる中での危険な避難だったが、我々は正しい判断をしたと全員で語り合った。みんな努めて明るく振舞っている。自分を鼓舞する気持ちの表れであろうか。それとも危ないところで命が助かったという幸せ感であろうか。私の場合は圧倒的に後者が強かった。
長期戦に備えてローソクも灯油も節約しなければならない。話しはほどほどにして、ストーブもローソクも消してそれぞれ布団の中に入った。再び地震が襲ってくることに備えて、衣服は山歩きのもので、靴は枕元に置いた。
神社のご配慮で、一晩中カセットラジオがかかっていた。外界とわたしたちを結ぶ唯一の命綱のような存在だった。
みんな無言だった。黙ってラジオに聞き入っている。何を考えているのだろうか…。お互いそう思っていたのではなかろうか? 自分は仙台なので、家族は地震さえ乗り切れば大丈夫なはずだが、石巻や東松島在住の仲間たちは、津波を心配しなければならない。自分よりも心配の度合が大きいはずだ。
深夜になっても、牡鹿半島の「お」の字もラジオからは流れて来なかった。ましてここ金華山は、外界との交信はまったく途絶えている。完全に孤立状態だ。この島に救助の手が差し伸べられるのはかなりの先のことであろう―― と容易に想像できた。長期間の避難生活を覚悟した。
震源地に最も近い金華山だけに、妻はどんなにか心配しているだろ――。それを考えると、たまらなく心が傷んだ。連絡が閉ざされていることが、なによりもどかしかった。長い夜だった。
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♪こんにちは。
暗黒中の余震、恐怖と家族への想い・・・
法師の 3.11〜みちのく巡礼への軌跡 ナイス!。
お忙しいようですが、
本年も 大変お世話になり候。
来年もよろしく お願いいたしたく候。
本年の軌跡を トラバ候。
2014/12/31(水) 午前 11:03 [ EGACITE ]
こんばんは^^
今年はお世話になりました^^
来年もよろしくお願いします^^
良いお年をお迎えください^^
2014/12/31(水) 午後 5:08
こちらこそ大変お世話様でした。
「みちのく巡礼」の活動に追われて、ブログ発信のペースが少し落ちましたがこれからもよろしくお願いいたします。
2015/1/1(木) 午前 11:56 [ moriizumi arao ]