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無事だった船で避難した仲間
船から金華んの山肌を見ると、がけ崩れの跡が明確だった。あんな大きながけ崩れの道をよく逃げおおせたものだと思うと、ぐっとこみ上げた。まさに感無量だった。
がけ崩れの跡が生々しい金華山の山肌 それだけに船で避難した仲間のことがことさら心配になった。出発してまもなく乗組員に安否を尋ねると、
―― 彼らが乗った船は昨夜一晩中沖を走り続けて今日の午前中に無事鮎川に上陸した。現在は石巻市牡鹿総合支所に避難しているはずだ。二人を下してから海の状況を見計らって迎えに来たという。これで⒔名全員の無事が確認されたのである。みんなで手を取り合って喜び合った。
太平洋の大海原に出ると、海の色は津波前よりもずっときれいな青みを帯びている。
だがこの海面のいたるところにがれきや仰向けになった船があちこちで波に漂っており、牡鹿半島の岸はおびただしい量のがれきで埋まっている。津波の被害がいかに大きかったかを改めて痛感させられた。昨夜ラジオで「牡鹿半島は壊滅状態」と聞いていただけに、想像以上の悲惨な状況に遭遇するのが目に見えるようで恐ろしい気がした。 海のあちこちに、たくさんの船が船底を見せて浮いている。
港近くになると、港内に入れない船が、流出防止のフェンスで周囲を囲んで停泊していた。
鮎川が見えてきた。
金華山で聞いていたラジオ放送では、鮎川は壊滅的被害と報道されていたが、遠くから見た限りでは、そのようには見えなかった。思ったほどではないのかなと、少し安堵した。 我々の船は1キロほど沖でエンジンを停止させた。そこから岸壁までは金華山出発時と同様、ボートでのピストン輸送だ。
遠方から見ると桟橋付近にはコンクリートの建物がいくつか見える。被害はラジオで報道されたほどひどくないのではないかと思えた。だが上陸してみると、残っていたのは鉄筋コンクリートの建物の外壁だけで、内部はすべて破壊されてがれきで埋まっていた。ひどい建物は鉄骨しか残っていない。前日歓迎してくれた鯨のマスコットは辛うじて残っていたがビニールや紙が絡み付き、それが風に揺れるさまはまるで幽霊が取り付いているようで不気味だった。鯨の町のシンボルが残っただけでもいいじゃないかと、無理に自分に言いきかせながらもむなしさいっぱいで、とぼとぼと桟橋から街の方向へ歩き出した。
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8.金華山・ 津波からの命がけの避難5
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