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がれきへの想い
港から街があった辺りに近づくにつれてがれきの量が増えてゆく。
心が壊れてしまいそうな世界
商店街や住宅地のあったところに出たとたん、声も出せないほど大きな衝撃に襲われた。
そこにはかつて目にしたことのない、心が壊れてしまいそうな世界が広がっていた。まさに「呆然自失」、目は見開いているが何も考えていなかったのではないだろうか。ふと我に返ったとき、「呆然」が「圧倒」に変わった。 木造の家は、折れた柱やちぎられた板切れに変り果て、コンクリートの土台だけが哀れに残っている。押しつぶされた車があちこちに散乱し、あるものは屋根の上に鎮座している。本来は海のものである船が陸にある。20〜30mもある船が転がったり、屋根乗り掛かっている
古来、日本人は自然を信仰の対象としてきたが、海は山とともに特別な存在だった。人々は様々な恵みを与えてくれる海を親しむ一方、得体のしれないものが潜む場所として恐れていた。その恐れが自分の目の前で具現化された思いがした。そう思った瞬間、《自然は恐ろしい》と、心の底から感じた。 人間なんて自然を前にすれば本当にちっぽけな存在だ。強くそう感じて押しつぶされる思いがした。人間が築き上げた文明も自然を前にすればこんなにも無力なものか…。自然を利用する、ましてや支配するなどという考えは傲慢だと痛感させられた。私はシルクロードなどの大自然を長期間ひとり旅することが多い。その度いつも「自然の前に人間は謙虚であれ」と実感する。ところがこの現実は、その思いをはるかに超えている。我々以外に人の姿が見当たらない。人のいない町がこれほど異常だとは思わなかった。
がれきは、紛れなく元々生活の一部だったのだ。そう思うと、目の前に広がる光景が「命と暮らしが消えた姿」に見えた。
東日本大震災・「祈り・伝承・防災・復興」
一般社団法人みちのく巡礼
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8.金華山・ 津波からの命がけの避難5
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こんにちは。
年月がたつとともにともすれば、風化してしまいそうな震災。
こうして、巡礼の写真を拝見すると、離れた地にいるわたしにも蘇ります。
ナイス!
2015/2/4(水) 午後 3:49 [ バタフライ ]
バタフライさん
風化させず次に起こるかもしれない災害の時にできるだけ犠牲者が少なくなるような活動を続けていきたいと思います。
2015/2/4(水) 午後 11:47 [ moriizumi arao ]
♪こんにちは。
がれきへの想い いっぱい、思い出 ナイス!で候。
相変わらず 復興 みちのく巡礼 お忙しいようで・・・、
今年一月の 超常現象を トラバ候。
2015/2/5(木) 午後 0:24 [ EGACITE ]