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避難所生活一日目(3月12日) その1
人が見当たらない異様ながれきのな中をかを歩いて来たので、避難所の総合支所の中に入った瞬間、人の気配を感じて何か現実社会に戻ったような気がした。一階の事務室に立ち寄って事情を話すと、すでに我々のことは連絡されていたようで、二階にある受付に案内された。
二階の3部屋が避難所になっており、部屋も廊下もごった返していた。廊下にも人があふれ、せわしく行き来している。鮎川では4箇所の避難所に約800人が避難し、この支所には最も多い200人以上が避難しているという。
長いテーブルの上にA4版コピー用紙が数枚置いてあり、それぞれに住所、氏名、フリガナ、年齢、電話番号が書かれている。枠や仕切り線がないので無秩序に書かれてあった。これが避難者受付名簿となっているが、非常に読みづらかった。この時の経験が後に生きてきたのでした。あちこちの避難所で、パソコンで避難者名簿作りをしてあげるということにつながりました。
その名簿を見るとまさしく二人の名前があった。思わずほっとした。我々も受付が済むと、担当の人が「お仲間の二人はこの部屋にいるはずです」と言って、我々が入る部屋へ案内した。中を覗くと、一畳程度の広さに3〜4人ほどが座っている。非常に窮屈な状態だ。
この中から二人を懸命に探したが見つからない。建物中をくまなく探してもやはり見当たらなかった。本当にここにいるのか少々心配になったが、10分ほどして二人は姿を現した。牡鹿病院に持病薬をもらいに行って来たとのことだ。何はともあれ、皆で無事を喜び合った。全員揃ったので入室するところが、すし詰め状態の部屋に13人が加わればさらに窮屈な思いをさせてしまう。気の毒なのでしばらくは廊下で様子を見ることにした。いざとなったら山用の防寒具を着て廊下で寝ようと考えた。
東日本大震災・「祈り・伝承・防災・復興」
一般社団法人みちのく巡礼
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