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部屋に置かれた携帯ラジオから被害情報が着々と入って来る。全員耳をすまして聞き入っている。言葉を発する雰囲気ではない。どこか異常さが漂う。それぞれ何を想っているのだろうか。
我々のメンバーの半数は津波被害が大きい石巻市や東松島市に居を構えている。そうでない者もみんな石巻と東松島の出身である。
家族や親族の安否が大いに気になっているに決まっている。しかし、誰ひとりとしてそれを口に出さなかった。さすが大人の集団だ。というより口に出してもどうにもならない、諦め感だろう。初めての感覚にじっと耐えているのに違いない。もちろん私もそうである。
私の場合、仙台の我が家は海岸から15キロほど離れているので、地震による家の倒壊さえなければ、妻はは命だけは大丈夫だろう…。なるべく悲観的に考えないようにした。
石巻市湊の姉と渡波の姪の家は海岸付近なので流失していることは確実だ。それよりも生死が心配だ。
東松島市の実家は海との間に自衛隊松島基地が広がっているので、運が良ければ守られる形で流出は免れたかもしれない。だが、二階近くまでの浸水は避けられないだろう。
だが孤立状態の鮎川にいて何も出来ない自分が、必要以上に心配したり口に出したりしたところで、どうにもならないことだと自分に言い聞かせていた。心配にじっと耐えていることで、自分たちよりも困難な状態にあるだろう家族と、苦しみという共通項でつながろうとしていた。
眠れないままに部屋からバルコニーに出て、がれきにうずもれた鮎川の街をながめた。真っ暗で何も見えない。海風がその暗黒の中を海からこちらに向かってくる。いったい日本中はどうなっているのだろう。暗黒の中で初めて日本全体を想った。自分の想像のつかない恐ろしいことになっているのろうなと、漠然と思った。
東日本大震災・「祈り・伝承・防災・復興」
一般社団法人みちのく巡礼
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