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避難所活4日目(3月15日)
原発制御困難 政府より住民に屋内退避指示
福島第一原発は依然制御が困難な危機的状況が続いている。「菅首相が、半径20〜30キロの住民に屋内退避を指示した」という放送がながれ、引き続き関連の情報が何度も流れた。すぐ近くの女川原発は何の放送もないところをみると、多分丈夫なのだろうと思っていた。
吉報来る
夕方、支所の職員の方が吉報を持って部屋へやって来た。
「明日16日に自衛隊の救援物資搬送車が来ることになり、帰りにその車であなた方を石巻まで送ってくれるよう依頼しました」とのことだった。
このことは、ある面予想外のことだった。こんなに早く牡鹿半島の先端まで車が入ってくるほど道路が普及しているとは考えていなかったからだ。
この知らせを聞いた途端、4日ぶりに部屋中に笑顔が広がった。そう言えば、3月11日の地震以来、心からの笑顔は誰からも見なかったことに、改めて気づいた。
市職員の配慮に心から感謝した。〈とにかく、一歩でも仙台に近づけるのだ。予想した以上に早く帰れるかもしれない〉という希望が湧いた。
ささやかすぎる祝杯
職員が部屋を出て行った後、メンバーの一人が突然「祝杯をあげよう」と言い出した。「酒なんかないだろう」と誰かが言うと、「ほうら!」と言って、リュックから泥がこびりついた350mlのキリン一番搾りを1本取り出した。昨日、自販機から飲み物を回収に行った帰りに、総合支所付近のガレキの中から拾ったという。たぶんどこかの家の冷蔵庫の中に入っていたものだろうか。「一人で飲むのは悪いから、ここを出て行くときに飲もうと思ってたんだ」という。1本の缶ビールを12人で分けるのだから、ほんの一口ずつだったが、とにかくおいしかった。
家族を想う涙
電気がないので、暗くなったら寝るしかない。5時30分ごろそれぞれ椅子を並べて毛布を敷いた寝床?に身を横たえた。
枕代わりのクッションに頭をおいた時、家族がどんなにか自分の安否を案じていることだろうという思いが急に湧き上がった。これまで無理に押し殺していた感情が吹き出てしまった。涙がこみ上げて来て抑えることができなかった。立て続けに頬を伝った。嗚咽をもらしそうになったがじっと我慢した。
思わず仲間たちや青森県から来た夫婦の様子を伺った。
それぞれ静かに物思いにふけっている。どんな思いなのだろうか。
みんなもつらいがきっと我慢しているに違いない。
私は、独りならば思い切り声を上げて泣いただろう。
東日本大震災・「祈り・伝承・防災・復興」
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