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私にはいつも強く思っていることがあります。
それは「人間は大自然に謙虚であれ」ということです。
東日本大震災を振り返ってみます。
震災から七日後、私は凄惨な津波被害を目の当たりにしながら、つらい思いをこらえつつ郷里の道を歩いていた。震災当日、私は震源地に最も近い島・金華山で大地震に遭遇し、建物崩壊、崖崩れ、巨大津波の襲撃を受けながらも三度命拾いした。幸運にも翌日救出され、牡鹿半島の鮎川で五日間の避難所生活を送った後、自衛隊の救援物資輸送車で石巻まで送り届けてもらった。
船の待合室で地震に遭遇 がけ崩れ最中に高台へ避難
そこから仙台の我が家まで60数キロを二日掛かりで歩き通した。
石巻から10数キロ歩いて郷里東松島市に入り、津波被害が大きい海寄りの地域へ向かうと、大きな漁船が大量のがれきの上に乗り上げているのが目に入って来た。海から1キロ以上離れているこの地点まで流されて来るのだから、津波は本当に恐ろしいと心から思った。ここは子どものころの楽しい遊び場だ。だが、懐かしむどころではない。むなしさいっぱいでこの光景に見入っているうちに、これまで金華山、鮎川、女川、石巻、東松島で目の当たりにしてきた、忌まわしい光景が次から次へと思い浮かんで来きて急激に感情が高まってくる。〈あまりにもむごたらしい。もうこんな光景は二度と見たくない。いやだ。いやだ〉と心の底から叫んだ。その瞬間、今まで抑え込んでいた感情が叫びに押し出されるように急激に噴き出した。私は人っ子ひとりいない昔の遊び場で、がれきにも自分にもはばからず思いきり泣いた。懐かしさが打ち砕かれた悔しさだったのだろうか。幼な馴染みの顔も浮かんで来て安否が案じられた。自分が震災後涙もろくなったのはこの時以来かもしない。
泣くだけ泣くと実に吹っ切れた気持ちになった。我を取り戻して再びこの光景を見やった時、(人間の築き上げた文明社会も、大自然の前には為す術なくやられてしまった。何だこのざまは〉と心から感じた。
私は四国の山や海や田園の中を歩きながら遍路し、長い間シルクロードの大自然を旅しているうちに、「自分は自然に生かされている。自然は偉大だ」と思えるようになった。「所詮人間なんて自然に比べればちっぽけな存在だ」と、いつも実感させられていました。
タクラマカン砂漠の朝日
大昔の人びとは、朝起きれば太陽に向かって祈りをささげ、自然にひれ伏し、自然の恵みに心から感謝していた。自然の偉大さがよくわかっていたのだしょう。それがいつの間にか、自然に生かされていることを忘れ、自然は利用するものだといった傲慢さが芽生えて平気で破壊さえするようになってしまいました。実に恐ろしいことです。
被災地の凄惨な光景を前にしていると、「自然は偉大だ。どうがんばっても人間は大自然の前には、はなはだ小さい存在だ」と、改めて強く感じるのです。そんな時「人間は大自然の前に謙虚であれ」と心から思います。
震災から約10か月後、岩手県大槌町を訪れたとき鉄壁を誇った高さ15mの防潮堤が惨めなほどに打ち壊されてしまった光景を目の当たりにしたとき、改めてあの時の津波の恐ろしさを思いました。大槌町の人々は大防潮堤を過信したり、防潮堤で海が見えなかったために遅れてしまって、10人に一人が亡くなりました。自然に打ち勝って声明を守ろうとしたことが却って仇になってしまったとこの時も思いました。
東日本大震災以来、「減災」という言葉を多く耳にするようになりました。
自然災害は人間の力では完全に防ぐことは不可能であります。せめて命を守り、被害を少なくしようというものです。これぞ広い意味での防災の精神だろうと思います。
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