東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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津波記念碑より高い地点まで必死に走る
南北両方向から押し寄せた二つの津波の激突によって超巨大化した津波が避難した50mほどの高台に迫って来た。高台の高い崖をよじ登って来るようにして押し寄せてくる。黒い巨大な水がぐんぐんと迫って来た。とにかく必死でより高い方へと駆け上がった。後ろを振り返っている余裕など全くない。その地点から50mほど離れた所、標高にして10mほど高い地点昭和8年3月3日の三陸沖地震の到達点を示す津波記念碑がある。とにかくその碑以上高いところまで逃げようと必死で走った。こんな時には普段ジョギングで鍛えているのが役立った。碑を通り越してさらに30mほど走ってからどうなっているのかと気になってやっと後ろを振り返ってみた。すると10数mほど手前で波が引き始めているのが見えた。〈あ〜どうやら助かったのだな〜〉という安心感とより、恐怖から解放された虚脱感に似た思いだった。まだ頭が働いていない状態だった。ただぼんやりと津波後の波のうねりを眺めていた。その後津波は次第に弱まり、結局第4波まで来たが、その様子を眺めながら次第に思考がよみがえってくるのを感じました。
 
生かされた命
その時ぼんやりとした思考の中でぽっと浮かんで来たのは

自分は目に見えない大きな力によって生かされたのではないか」ということでした。
  同時に浮かんだのは、四国遍路でお接待をしてくれたおばあちゃんの「私は人のお役にたちなさいと、お大師様に生かされています」という、優しいさの中に毅然とした思いが込められた言葉でした。
 遍路の時には時々聞く言葉だったので、立派な心がけだな〜と思う程度だったのですが、生命の危機を乗り越えたその時は、心にずしりと重みを感じました。
「人の役に立て」と、どーんと背中を押されたような気がしました。
 そして、この生かされた命を何か震災のために役立てようという思いが強くわきました。
  そのため震災後間もない時期からボランティアや慰霊のためにひんぱんに被災地を訪れています。特に東日本大震災が起こった3月11日を祥月命日、毎月11日を月命日と心に定めて慰霊に出向かせていただいております。


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