東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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 この記事を発信する直前の4月14日午後九時26分 熊本県益城町で震度7の地震が発生していたことが翌日分かりました。
 心よりお悔やみ申し上げます。


港から街があった辺りに歩いていくにつれてがれきの量が増えてゆく。これまで見たことのない世界だ。次第に心が重くなっていった。みんなうつむいてただ黙々と避難所の牡鹿総合支所に向かって歩みを進めて行く。誰の口からも言葉が発せられることはない。彼らの胸に去来するものは何なんだったのか。
 
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心が壊れてしまいそうな世界

重い足を進めて元商店街や住宅地のあったところに出たとたん、声も出せないほど大きな衝撃に襲われた。
そこにはかつて目にしたことのない、心が壊れてしまいそうな世界が広がっていた。まさに「呆然自失」、目は見開いているが何も考えていなかったのではないだろうか。ふと我に返ったとき、「呆然」が「圧倒」に変わった。 木造の家は、折れた柱やちぎられた板切れに変り果て、コンクリートの土台だけが哀れに残っている。押しつぶされた車があちこちに散乱し、あるものは屋根の上に鎮座している。本来は海のものである船が陸にある。2030mもある船が転がったり、屋根乗り掛かっている


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古来、日本人は自然を信仰の対象としてきたが、海は山とともに特別な存在だった。人々は様々な恵みを与えてくれる海を親しむ一方、得体のしれないものが潜む場所として恐れていた。その恐れが自分の目の前で具現化された思いがした。
そう思った瞬間、《自然は恐ろしい》と、心の底から感じた。

人間なんて自然を前にすれば本当にちっぽけな存在だ。強くそう感じて押しつぶされる思いがした。人間が築き上げた文明も自然を前にすればこんなにも無力なものか…。自然を利用する、ましてや支配するなどという考えは傲慢だと痛感させられた。
私はシルクロードなどの砂漠や草原が広がる大自然を長期間ひとり旅することが多かった。その度いつも「自然の前に人間は謙虚であれ」と実感する。ところがこの現実は、その思いをはるかに超えていた。我々以外に人の姿が見当たらなかった。人のいない町がこれほど異常だとは思わなかった。

 がれきは、紛れなく元々生活の一部だったのだ。そう思うと、目の前に広がる光景が「命と暮らしが消えた姿」に見えた。その人々の歴史までもが消え去ったようにさえ思えた。



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