|
ひどい散乱状態の会議室を片付けてねぐらづくり
全員揃ったので入室するところだが、すし詰め状態の部屋に13人が加わればさらに窮屈な思いをさせてしまう。それでは地元の避難者の方々に誠に気の毒だという思いを強く感じた。
鮎川の人々は実に優しい。
我々が被災者の皆様にねぎらいの言葉をかけると、逆に観光客の我々に「せっかく金華山に来てくれたのに気の毒だったね。運が悪かったね〜」などと言ってとても気遣いやねぎらいの言葉さえかけてくれた。 これにはますます恐縮してしまいました。
私は絶対に山用の防寒具を着て廊下で寝ようと決めた。家を流されたり、身内を亡くした人々に今してやれることはそれぐらいしかないと思った。
しばらく廊下で待機していると、職員の方から「ちょっと三階まで来ていただけますか?」と声をかけられた。何だかよくわからないままに付いて行くと、金華山から来た18名が第二会議室という表示のある部屋へ連れてゆかれた。
案内した職員は「ここを使ってください。この部屋は地震後ほとんど手付かずなので、相当ひどいと思います。清掃していただけませんか」と申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、少しでもお役に立ててむしろありがたいです」と答えた後、
ちょと入口から覗くと、職員の方が言う通り確かにひどい。
「清掃」などという生易しいものでは言い表せない状態だった。
入り口付近は散乱した机やイスでバリケードのようにふさがれ、踏み込むことが出来ない。まず、それらのから撤去しなければならない。いったん廊下に出すことから始まった。取り除くと、やっと室内全体が見えてきた。
ロッカーやガラス書棚が倒れ、書類や本、割れたガラスなどが床一面を覆っている。両隣りの部屋との仕切り壁も中央部分で大きく崩れ落ちていた。予想したよりもはるかにひどい。幸い外窓のガラスは無事だったので、冷たい海風が吹き込むのだけは免れていた。何せ電気が通じないので暗くなるまでに作業を完了しなければならない。
まず入り口付近の床に散乱している危険なガラスを取り除くことから始まった。作業には、山用の厚底の靴と手袋と帽子が危険防止に大いに役立った。何が役立つかわからない。
特に作業を指揮する人はいなかったが、各人自分がなすべき仕事を見つけ、共同すべきはして作業は効率的に進んだ。夢中になって取り組んだので、むしろ疲れを感じなかった。
整備断水のため床や机などの埃を拭き取ることはできず、掃き始めたとたん部屋中にもうもうと埃が舞い上がった。メガネが曇るほどだった。
大阪と東京から金華山観光に来た学生らしき若い3人グループも、われわれロートルに引きずられてけっこう動いた。その甲斐あって日没前には「ねぐら作り」はどうやら完了した。
窓から海を眺めると夕日が優しく光を届けてくれた。この時、太陽は誰にでも平等に照らしてくれるのだと、新しい発見のようで新鮮だった。
〈ああ、生きている〉という実感がわき、涙があふれるのを止めることができなかった。
東日本大震災・「祈り・伝承・防災・復興」
一般社団法人みちのく巡礼
連絡先:一般社団法人みちのく巡礼
ホームページ:: URL:http//michinoku-junrei.info |
全体表示
[ リスト ]







