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避難所での初めての食事 〜食べている自分に幸福感、
“生きているだけで幸せ”
ねぐらの整備が終わった5時頃夕食になった。
この避難所では午前10時と午後5時の二食である。
これまで各地で災害が起こる度ごとにテレビで避難所の様子を見て来たが、自分とは無縁のものと感じていた。実際に避難所に入って、自分たちが入る部屋を整備し、そして食事を食べ始め時、初めて自分自身がその立場になっていることを実感した。
しかし、まったく、不運だの、不満だのという感覚は湧かなかった。
それは生きているだけで幸せと、感謝を感じていたからに違いない。
生きているだけで幸せ―― これが幸せの原点だと思う。 何よりも大切なものを失わなかったことに勝る幸せは絶対にない。
―― この時生まれて初めてそんな気持ちになった。
小さい玄米おにぎり1個と水が紙コップ半分だった。しかし、全く不満も、悲壮感もな かった。自分は金華山で死んでいたと思えば、こうして食べている自分が存在しているだけでも、十分幸せを感じた。
大きなろうそく1本を囲んで10数人が食べる食事も淡々と受け入れていた。
空腹だったので、おにぎりは3口で食べてしまった。「これなら労せずしてダイエットができるな」と、私が隣の仲間に精一杯のジョークを飛ばすと、部屋中にどっと笑いが起こった。決して無理した笑いではなかった。みんなも無事に生きた自分にきっと幸せ感を持っているのだ。それと出来るだけ不安を吹き飛ばそうとしているのにちがいない。
断水なので水は貴重だ。コップや箸はもちろん再使用である。この紙コップと割り箸は以後の食事の「マイカップ&マイ箸」となった。各人しっかりと油性ペンで記名した。
牡鹿半島の道はいたるところで寸断されているため鮎川は孤立状態で、食糧支援も人的支援はまだまったく期待できない。私はしっかりと耐乏生活の覚悟をした。「生きているだけで幸せ」なので、悲壮感は全くない。この思いはその後の生活の最大の武器になっていた。
「明日から私たちが食事の分配と運搬をやりますよ」と申し出ると、職員の方々はとても喜んでくれた。そして、これが後々までのボランティアにつながるのである。
「貴重な食料をいただくのは本当にありがたい。なにせ地元の被災者ではないのである。それなのに暖かく接してくれる。少しでも恩返しがしたい」。
いや、それもさることながら、生かされたことへの感謝だという気持ちだった。
このような無私のここるは清々しい。
思えば、「みちのく巡礼」の活動は、「無私の心」が原点なのです。
私たちの主な仕事は、給水車からの水の運搬、食料の分類と整理、そして食事の配給である。何らかのご恩返しができることはとてもありがたいことである。二重の喜びであった。
みちのく巡礼ホームページ:: URL:http//michinoku-junrei.info |
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