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我々の車発見
水汲みの人と別れたのち、仲間二人と出会い、自分たちが乗ってきた車を探しに港方面にへ向かった。
しばらく探し回ったが、海から200mほど内陸側にで、3台の内2台発見できた。久々に同士に会えたような気持ちだった。残骸ではあるが念のため写真に収めた。
朝日新聞の記者に連絡を依頼
夕方になって、朝日新聞の記者が部屋にやって来てインタビューを受けた。全く予期せぬことだった。後で思ったのだが、この孤立状態の鮎川にどのような手段でやってきたのだろうか。仲間の紅一点が家族への連絡を切々と頼んだのが功を奏してか、我々の連絡先を持ち帰って可能な限り連絡を取ると言ってくれた。約束を果たしてくれたことが帰宅後わかって感謝でいっぱいだった。
二日目の食事
午前10時にレトルトの冷たいおじや紙コップ三分の一、
午後2時にパン1枚と水カップ半分
午後5時にさけ入り玄米おにぎり小1個とスープカップ半分であった。
〈これなら苦労せずにダイエット出来るな〉と苦笑いし合った。
夕方に担当の人が説明に来て、「情報がまったく入らないので、ここをいつ出ることが出来るかまったく見通しがつきません。長期戦の覚悟をしておいてください」と、すまなそうに語った。ラジオから流れてくる行方不明者の数がどんどん増えてくる。被災地の地名が報じられるたびに、そこに住んでいる兄弟や親戚や知人の顔が浮かんだ。〈大丈夫だろうか? 生きていてほしい〉と、心から祈っていた。朝方になると毛布1枚では寒さが身にしみたが、寒さ以上に安否が気になった。
東日本大震災・「祈り・伝承・防災・復興】
一般社団法人みちのく巡礼
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