東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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  メロンパンで元気をもらった私は、三陸自動車道に沿った農道を故郷・矢本に向かって歩き始めた。
  道路自体は、どろどろした土に覆われているが、ぬかるみや水たまりはあまりなく、石巻市街に比べればさほどひどい状態ではなかった。だが、道の両側の田や畑はまだ水没していて、まるで沼地の真ん中の泥道を歩いているようだ。道路は田畑よりも2メートルほど高いので早く水が引いたのである。
 ここは海岸から4キロ近くも離れている。ここまで水が来たのか…と、またため息が出た。
 この地点まで水が来ているということは、近くを流れる北上運河(貞山運河)や定川を遡って来た水があふれ出たのに違いないと思った。

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 道路沿いの家の周辺もまだまだ水が数十センチほどたまっているし、いまだに床下まで水没していた。

津波からもう6日後だが、あまり人の姿はなく、時々自動車が走っているといった状態である。

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  2キロほど歩くと東松島市に入った。石巻西高校が見えてきた。周辺はまだ冠水状況にあった。この辺一帯は七反谷地と呼ばれている。谷地には「湿地」とか「水のある土地」とか「沢」という意味があるので、もともとがそのような土地なのではないだろうか?―― と思いながら歩いていた。学校はどうやら水が引いていた。田んぼに2メートル以上高く土盛りしてある。

 ちょっと立ち寄って先生に.尋ねると、避難所になっているとのことだった。3月17日の時点で避難者は265名とその先生が教えてくれた。
 また、体育館では発見されたご遺体を安置し、検視を行っている。

 赤井地区の住宅地に近づくと、自動車が水から頭をわずかに出していたり、頭から水に突っ込んでいたり,片側の2輪が水に落ちていたり、さまざまな格好で水にはまり込んでいた。

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  実家の方がここよりも海側にあるので、もっと被害が大きいのだおうなあと想像できたが、ここまでずっと悲惨な状況を見続けてきたので,そこまではひどくないだろうと、客観的な見つめるあきらめにも似た気持ちも出ていた。
 石巻西高校から赤井方面に行くと冠水が徐々に多くなってきた。これは定川や赤井堀を遡って来てあふれ出たもので、赤井駅付近は結構被害が大きかったことが家の壁や塀を見ただけですぐに分かった。ここには山仲間の一人の住宅があった。後で聞くと2階近くまで浸水があったとのことだった。(続 く)


「みちのく巡礼」の活動 主旨
   ・東日本大震災犠牲者を悼み、自らも癒され、心の拠り所となる場の創設   
・東日本大震災等の「伝承」
・「自らの命を自ら守る防災意識」の啓発
・東日本大震災の「復興」と東北の発展につながる活動


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