東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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巧みな櫂捌きで羊皮筏子を操りながら黄河の激流を渡る蘭州の青年。 いにしえのシルクロード時代を彷彿とさせる。思わず胸が高鳴る。

2009年5月14日(木)

羊皮筏子(ヤンピーファーズ)で黄河を渡る

 蘭州でぜひ経験したいことがあった。それは、羊皮筏子(ヤンピーファーズ)で黄河を渡ることであった。シルクロードを旅する商人たちは、羊の皮袋を浮き袋にした羊皮筏子で渡ったといわれている。
 私はNHK「シルクロード」や特集「大黄河 〜激流を渡る〜」で、急流を巧みに漕ぎ渡るシーンを見て、胸をときめかしていた。
 平涼から蘭州まで来る車の中で、平涼のホテルの服務員の楊さんにそのことを話した。すると彼は「蘭州で観光客向けの羊皮筏子がありますよ」と教えてくれた。その時には予想外の情報に、子どもみたいに「やった! やった!」と思わず叫びたい気持だった。さっそく、蘭州のホテルの服務員に詳しいことを教えてもらった。

イメージ 19そして炳霊寺に行った翌日、蘭州滞在3日目に決行した。私にとっては、やはり、実行ではなく決行だった。黄河の岸近くの公園や橋の上から観ると、かなりの急流だ。ある程度の覚悟が必要だった。
 朝食を済ませてまもなく、羊皮筏子の乗り場がある「中山橋」まで、ワクワクした気分で自転車で向かったこの橋は「黄河第一橋」とも呼ばれている。橋の渡り口には「天下黄河第一橋」という表示があった。
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 この橋は1907年から1909年まで、当時の清朝政府が白銀3万両を投入し、ドイツから技術だけでなく材料の一切を輸入して造ったものだ。黄河に初めてかけられた鉄橋である。明代からこの時まで、この場所には24艘の船を鉄の鎖でつないだ浮橋しかなかったそうである。その後、1942年に孫中山にちなんで「中山橋」と改名されて今日に至っている。現在は耐久性の問題もあり、この橋を長く保存するため歩行者専用となっている。

イメージ 3 橋のたもとから黄河の河畔に降りると、何艘かの羊皮筏子が見える。ついつい足取りが早まる。
 細い丸材で枠が組まれ、そこに頭と4本の足先を切り落とし、毛を剥いて中身をくり抜き、皮だけを乾燥させた羊の袋が縛り付けられている。これらの袋は、首と足のところをそれぞれ紐で結び,尻から空気を吹き込むと浮き袋のようになる。乗り手は筏のようなこのボートにまたがり、櫂を操りながら川を渡る。羊や牛の皮も使われるが、ヤギのものが一番丈夫だそうだ。縛り付ける皮袋数は一人乗りのものは、4つから5つだが、観光用の5,6人乗りのものは10数個取り付けられている。

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 どうやら私が一番乗りらしく、羊皮筏子ガイド――つまり漕ぎ手が数人がいっせいに集まってきた。私を奪い合おうというわけだ。最初に声をかけたガイドに「多少銭?(いくら?)」と訪ねると、「50元」と言う。すかさず隣から「45元」と言う声がかかる。するともうひとりが「40元だ!」と声を張り上げる。まるで魚河岸で上質のまぐろを競り落とす雰囲気だ。
 私が「ホテルの服務員が30元だと言っていたよ」と言うと、「そんなに安くちゃ商売にならないよ。だがしょうがないや。30元!」と、3番目の男が言った。すると最初に声をかけた男が「この日本人に最初に声をかけたのはオレだ。25元でどうかね?」と言うので、「そうだ。あんたの言うのがもっともだ。あんたのに乗ろう」と言うと、勝ち誇ったように、これ見よがしに私の手を自分の両手で固く握り締めた。
 毎日のように櫂を漕いでいるだけあってさすがに力強い。
「ところでお願いなんだけれど、写真を撮るので、膨らますところを見せてくれないか」と頼むと、お安い御用とばかりに、ひとつの皮袋の紐を緩めて一旦空気を抜いてから、息を吹き込んで膨らませてくれた。
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ガイドは羊皮筏子を軽々と持ち上げて河に浮かべる。私も救命胴着を身に着けて乗り込んだ。思ったよりは安定性がいい。イメージ 7 イメージ 8イメージ 6

 いよいよ出発だ。黄河に繰り出す。流れはかなりきつい。波しぶきがばんばんかかる。この辺の川幅は数百メートルだ。流されながらも斜め下流の対岸に漕ぎ着いた。通常は帰りはモーターボートが迎えに来てくれる。だが、帰りは少し漕いでみたかったので、「帰りもこれにしたいんだけれど、いいですか」と頼み口調で言うと、ちょっと考える様子だったが、「いいですよ」と言って無線でモーターボートを断ってくれた。

イメージ 9 途中流れが若干ゆるやかなところで、少し漕がせてもらった。流れと同じ方向に櫂を漕げば、自然と筏が向こう岸の方向に進み、対岸にたどり着くのである。ところが相当力を入れて漕がないと、筏の方向が下流を向き、ずんずん流されてしまう。短時間で交替してもらった。帰りは、別の羊皮筏子に乗った人たちとの出合いがあるので、格好のシャッターチャンスだ。数組の写真を撮るこが出来た。とにかくスリリングで面白い体験だった。
 
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イメージ 14 客1人にガイドが1人、極めて贅沢なケースである。観光案内だけでなく、おのずと世間話が多くなる。彼は、この蘭州から西北に300kmほど離れた張掖市に妻子を残しての、単身赴任であるという。
 私が秋にはチベットへ行く予定だと言ったら、チベットの内情を話してくれた。彼はチベットでも観光案内をしていたそうである。表には出ていないが、チベット人は不満をくすぶらせていると言っていた。案の定私がチベットを訪れた数ヶ月後、不安が的中してオリンピックを前にして騒乱が起きたのだった。
最後に私も記念写真を撮ってもらった。


 夕方、再び黄河を訪れて日没を待った。
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 夕日がまもなく黄河に没しようとしている。大河に没する太陽はナイル川以来2年ぶりだった。

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 夕闇迫る中、まだ羊皮筏子を漕ぐ人の姿があった。まるでシルエットのようで印象的だった。

 
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 幻想的な夕暮れの砂漠 (拡大してぼかしを効かせました。まるで平山画伯の絵のよう…)

シルクロードの詩(うた)1  シルクロード2万キロをゆく

 
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 ゴビ砂漠を西へ西へとどこまでもまっすぐに延びるシルクロード ゆく人をはるかな未知の世界へと誘なう

シルクロードを想う

いにしえ
長安の都から
西のローマまでいく筋もの道がが延びていた。

古い歴史の町々
さまよえる湖ロプノール
広大な砂の海 タクラマカン
タリム河
天山、崑崙、パミール

幾多の少数民族がここで興亡をくり返した
匈奴が馬を駆って駆け巡り
武帝の遠征隊が通過し
法顕や玄奘三蔵が苦難の旅を続け
何世紀かにわたって駱駝の群れが絹を運んだところだ。

ウイグル人の陽気な歌や踊り
遊牧民のの白いテント
ぶどう園
そして広大な廃墟を赤く染める夕陽

世界にただひとつ遺されている
このシルクロードに
いま、現代人がこの道にアスファルトの道を作り
ラクダや馬に代わって自動車がこの道をひた走る。
ロマンに満ちたこの道に現代文明の力が注ぎ込まれた。

この道を あるときはバスやトラックで、
砂漠の道はランドクルーザーに乗って
いにしへの気分に浸ろうとひたすら走った。
時にはラクダや馬にも乗っって
シルクロードの先人たちを想った。




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 タクラマカン砂漠 荒涼たる砂の海がはてしなく広がる。いにしえの人びとも“はたして生きてここから帰れるのだろうか”と、不安にさいなまれながら旅したに違いない。

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 夏の砂漠は50度近い猛暑だ。この暑さを避けて、夕方から月と満天の星の光を頼りに歩き始める。

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 砂漠に風が訪れると、砂丘は実にみごとなさざ波を描いてくれる。

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 タクラマカン砂漠を滔々と流れるタリム河 だが水は次第に砂に吸い込まれところどころ伏流となりやがて砂漠に消える。

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 漢の若き将軍霍去病は武帝の命を受け、河西回廊を匈奴討伐のため西に向かう。(甘粛省博物館展示の絵より)

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 草木もなく岩肌がまるで炎が激しく舞い踊っているような火焔山。玄奘三蔵はどんな思いでこれを眺めたのであろうか。『西遊記』では、鉄扇皇女から芭蕉扇を借りて火を消すように孫悟空に命じたという物語に記されているのだが…

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 春のシルクロードの旅では、雪をたたえた天山山脈を眺めながら、中腹3千メートル近い山道を車で走り続ける。

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 周囲は北も南も、東も西も、見渡す限り天山だ。天山は、いくつもの大きな山脈が連なって出来ている。その長さは日本の本州の長さに匹敵する2千キロにも及ぶ。

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 天山北路のカザック族のテント。突然訪れたが快く泊めてくれた。おまけに結婚式にも参加させてくれた。

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 灼熱のトルファンもポプラ並木に囲まれたオアシスの中は、さわやかなそよ風が吹きぬける。そんな昼下がり、おじさんがゆったりとロバ車を走らせてゆく。

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 トルファンの青年通りのみごとなぶどう棚 おいしそうなぶどうがたわわにぶら下がっている。しかし、取ると罰金なのです。

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 陽気で元気な子どもたち。カメラを向けると我先にと駆け寄ってくる。ウイグル人は大人も子どもも写真好きだ。子どもたちの目は輝いている。

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 砂漠のかなたからシルクロードの街を眺めると、黄昏の中にいにしえのオアシス都市が浮かび上がってくるような思いにとらわれる。

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 砂漠の夕日が玉門関の廃墟を神々しく照らす。漢の兵士たちは夕陽に向かって匈奴との戦いに出向いたにちがいない。はたして生きて帰れるだろうかという思いをいだいて…

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