[杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 最近の記事]クリックしてご覧ください。218 楼蘭 の美女発見! 217 ウイグル民族舞踊 灼熱のトルファン23 216 トルファン最後の夜 〜ラグメンとシシカバブ〜 灼熱のトルファン22 215 交河故城の黄昏 〜人と自然と光のハーモニー〜 灼熱のトルファン21 214 交河故城を歩く 灼熱のトルファン20 213 交河故城残照 〜交河故城と高昌故城〜 灼熱のトルファン19 [お勧めの過去記事2] ヤルダン魔鬼城〜自然がつくる造形の不思議〜 クリックしてみてください。[本日の記事]楼蘭 の美女と感動の再会楼蘭 の美女のミイラは、ウルムチの新疆ウイグル自治区博物館に保存されている。 「待ちに待った楼蘭の美女との対面」この博物館は、一階が一般展示室、二階がミイラ展示室になっている。案内してくれたのは、日本語の話せる学芸員だった。初めにミイラ展示室に案内してもらった。各地で出土したミイラがガラスケースに収められていてじっくり観察できた。新彊は乾燥した砂漠地帯なので、ミイラの保存状態がきわめてよく、昨日死んだとしか思えないようなミイラもあった。 学芸員はそれぞれ詳しく説明してくれるが、お目当ては楼蘭 の美女のミイラなので、次第に聞くのがおざなりになってしまった。目玉商品はやはり奥のほうに展示されていた。 原則写真撮影禁止だが、ノンシャッター3枚ということで許可していただいた。 発掘時には白かった顔が空気に触れて急激に黒ずんだが、今なお魅力は損なわれていない。見入れば見入るほど、気品をたたえた“湖畔の麗人”に心を奪われた。 いろいろな想いが広がってゆく――。 髪を飾る鷺の羽が、整った顔立ちをいっそう引き立てている。生前彼女は髪に羽をさすことを好んだのであろうか。髪を羽で飾り、絹をまとって歩く姿に思いをはせると、楼蘭はひときわ華やいだものになってくる。 彼岸に旅立つ女性へ楼蘭人が心を込めて手向けた二本の羽根。埋葬にあてって羽根を添えるならわしがいったい楼蘭にあったのだろうか。 この美女が発見された土埌から百キロほど離れた墓地で、スェーデンの考古学者フォルケ・ペルグマンが発掘したミイラも、やはり羽根をさしたフェルト帽を被っているという。 「楼蘭の美女プロフィール」 身長152cm(生前157cm) 血液型O型、死亡した推定年齢は45歳。 南ロシアから南下してきた白人系人種と考えられている。 眼は深く、鼻は高く、髪は黄褐色、明らかにヨーロッパ系の人種である。 炭素C14法の測定からは、3880年前(+−95年)という数字が出ている。 1980年、中国新彊文物考古研究所の穆舜英女史を中心とするグループにより、タクラマカン砂漠 の東、楼蘭鉄板河遺跡で発掘され、一躍世界中にシルクロードブームを引き起こした。 発掘された時は全身が毛布でくるまれていた。毛布は胸で合わさり、木製の針でとめてあった。頭にはフェルトの帽子を被り、足には羊の皮の靴を履いていた。帽子には雁の羽が二本さしてあった。頭の近くには、草で編んだ籠が置かれていた。胸元の木の針をはずし、毛布を広げると、上半身は裸身であった。 下半身には羊の皮の下着を着けていた。顔は黒くなっているが発掘時には白かったという。 自然にできたミイラなので内臓も入っている。 学芸員によると、楼蘭美女はエックス線で見ると肺が真っ黒だったそうだ。おそらく、砂漠の細かな砂が肺に蓄積してしまったのだろうという。彼女のDNAを調べると、ヨーロッパ人の血が70%くらい入っているアーリア系人種とのこと。 発掘後に上海での防腐剤処理をしたため肌が一気に黒ずんでしまったが、以前はその美しさに世界中が驚愕したという。現在でも肌の色を除けば髪の毛の毛穴まではっきり識別できる。ウールの着物をまとい鹿の皮で作った靴を履き、帽子には鳥の羽が挟んであり、副葬品のウールのポシェットには木の櫛が入っている。 現代の女性とあまりかわりがない。 何の目的で楼蘭まで南下し、なぜここに埋葬されたのかなど、その経緯はほとんど明らかになっていない。 それによると―― 「結婚式の前夜、新郎は新婦にキツネ皮二枚、パンまたは小麦粉若干、それに灰色のアオサギの羽根一束を、夫婦の契りの印として送ることになっている」(中野好之訳、『黄河源流からロプ湖へ』) 新郎が新婦へアオサギの羽根を送るならわしになっていた。とすると、湖畔の麗人の髪を飾った羽根もその贈り物だったのかもしれない。早逝した新妻へ、夫が永遠の愛を誓って、彼女の黒髪に鷺の羽根を刺したのであろう。 湖畔の麗人は、乙女ではなく、愛しい夫を思う新妻であった。――これを読んだ当時こんなことを想像した。 ところが、科学の発達によって、後に“楼蘭 の美女の年齢は45歳くらい”だと分かった。そのとき私のロマンは打ち破られてしまったのだ。だが、「楼蘭 の美女」に対する想いは薄れるものではなかった。 とにかく、この美人のそばを立ち去るのはつらい。
立ち去りがたい気持を抑え、合掌してから…、学芸員に促されるまま部屋を出た。 楼蘭 の美女とは無言の対面だったが、彼女は私を4千年ほど前の世界に誘ってくれた。その驚くほど長い時間が少し身近に感じられた……。 |
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2010年03月16日
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