東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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     高知県 海岸沿いの峠から太平洋を望む
     ここ2,3日のような真夏の暑い日、毎日ひたすら歩き続けていました。
     そんな無心の中から、……次第に自分が見えてきました。 
     歩くということは何かを生み出してくれる――これを強く実感しました。
ただ、“これからの人生をうみだすには、こんなにも苛烈さを伴うものか”と、
     しょっちゅう考えていました。                


四国遍路 前3回の記事

iいざ出発 〜謙虚の大切さを教わった一番札所   人生を決めた遍路5←クリック
遍路の身じたく 遍路人生を決めた遍路4←クリック
さっそくのお接待 〜お四国病との出会い〜 人生を決めた遍路3'←クリック
 [本 日 の 記 事] 
 

もらい火は業をもらう 一番札所大師堂にて

やっぱり杖を忘れたか!
 本堂の巡拝をどうにか済ませて、池にかかる橋を渡って大師堂へ向かった。
 
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 階段脇の杖立てを見たとたん、手には杖がない。
 案の定忘れてしまった。
 私は生来ひとつのことに夢中になると、ほかに気が回らず、物忘れが多かった。
 あわてて本堂へ戻って取ってきた。

もらい火は業を受け継ぐ
 大師堂では、先ほどの先達さんが巡拝の説明をしているところだった。
 初日は、二番極楽寺までしか廻らないので、時間はたっぷりある。
 また、拝聴させてもらった。

 説明が終わると、先達さんがガスライターを持って、
 遍路一人ひとりのローソクに火を灯してあげている。
 私にも点けてくれた。
 「他人のローソクから火をもらってはいけないんですね?」
 と訊くと、
 「そうすると、その人の業(ごう)ををもらう、といわれて忌み嫌われているのですよ」
 と教えてくれた。
 その言葉が心に強く残った。
 実は1回目の時には、すでに点されているローソクからもらい火をすることもあった。
 だが、今回の遍路では、ローソクと線香は、必ずマッチで火をつけようと決めた。

 ―― しかし、必ずしもそうは言い切れないようだ。
    住職や先達によって解釈異なっていることが、三回目の遍路で判った。
    逆に「その人の幸せをもらうと解釈すれば、もらい火もいいとは思いませんか」
    という住職もいた。
  

 巡拝作法もほぼ思い出したし、8人グループは先を急ぐようなので、
 丁重にお礼を述べて、一人で参拝することにした。
 
 まずは 綱をゆすって鈴を鳴らし、
 お賽銭を10円入れた。

 続いて、山谷袋から経本をおもむろに取り出し、胸の前に開いた。
 開経偈から読み始めた。

   無上甚深微妙法百千万劫難遭遇
   我今見聞得受持願解如来真実義

 「遭うことが大変に難しいとされる仏教の教えに、私は今ここで遭うことができました」
 という意味なのだ。
 この経は、これから読経をしようとする者に、ありがたさと真摯な気持ちを起こさせてくれる。
 私はこの経の意味合いが好きである。
 なんとも言えないリズムも、私の心にも体にもぴったり合う。
  
 続いて、般若心経
 どの遍路もこれだけは、必ず唱えるお経である。
 いわば、『お遍路のバイブル』のようなものだ。
 
 隣の女遍路が、教本を見ずに、小さな拍子木を「ちゃんちゃん」打ち鳴らしながら、
 早口で読経している。
 それにとらわれまいとするが、ついペースが乱されがちだ。
 白衣が古くて少し汚れているので、お礼参りの人か、それとも何回かの巡礼経験者であろう。

 ――私は、この二回目遍路が終えてから三回目の遍路に出るまでに、
 般若心経の解釈書や遍路や仏教関係の本を200冊以上読だ。

 先ほどの、先達さんの説明にしたがって、ご本尊真言、光明真言を唱えたあと、
 御宝号の「南無大師遍照金剛」を三遍唱えた。

 そして最後は、
 「願くば この功徳を以って 普く一切に及ぼし 我等と衆生と 皆仏道を成ぜん」
 という廻向文を唱えた。
 この経文は、自分も、他の人々と共に仏道を成就することを願う言葉で、
 これは開経偈とともに好きな経文だ。
 特に最初の出だしの「願わくばこの功徳を以って、遍く一切に及ぼし」の行が好きだった。

 これでやっと、大師堂への巡拝が終わり、ほっとして締めくくりのの納経所へ向かった。
 何か物足りない。やっぱりまた杖を忘れていた。
 「お大師さま、すみません」といいながら杖たてから杖を取った。

達人芸 両手で墨書
 一番霊山寺には2箇所に納経所があった。
 最初に、以前行った方を訪ねると、
 担当の住職が参拝の指導に出向いているので
 売店を兼ねた方へ行っってほしいとのことだった。
 
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  始めに訪れた納経所。

 
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  ここの納経所では遍路用品やお土産を売っている。

  中へ入ると、納経を担当するお坊さんが、2冊の納経帳を並べて、
 左右両方の手で同時に墨書をし、朱印を押している。
 その手際のよいこと。まさに名人芸だ。
 
 「納経お願いしたいのですが」と丁重に言うと、
 「ちょっと待って」と、ややどすの効いた声で答えた。
 私にちらっと視線を投げかけたきり、相変わらず作業を続けている。

 10分ほど待つと、「お待ちどうさま、そこにおいて」とやっと口を開いた。
 私が納経帳大事にそっと置くと、さっと手前に引き寄せ、
 先ほどのみごとさで墨書して、朱印を押した。
 そして、新聞紙を切ったものを、記帳したページに挟んだ。
 
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 終わると、「そのノートに記入していきなさい」と、傍らのノートを指差した。
 そのノートには、住所、氏名、出発日、結願日を記入する欄が設けてあった。
 結願日は、赤で記入されていた。 
 自分も必ずここへ記入してみせると、改めて意を決した。
 体にはみなぎるようなものを感じた。

 記入してから、笑顔で「ありがとうございました」というと、
 先ほどよりは柔らかな声で、「気をつけていきなさいよ」と声をかけた。
 その声に、何か救われるものを感じた。

 山門では、これからのたびの安全と結願への祈りを込めて、
 「ありがとうございました、よろしくおねがいします」
 と両側の仁王様に深々と頭を下げた。

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 いよいよ出発だ。
 胸に高鳴りをおぼえた。
 意気揚々と二番札所極楽寺へ向かって歩み出した。
 
?H1>[お 勧 め の 記 事]   河西回廊に入る 〜セミバックパッカーのはじまり〜  杜泉新生シルクロード2万キロをゆく52←ぜひクリックしてみてください。

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 第一番札所 霊山寺山門  この前に立った瞬間「頑張るぞ!」の決意がわいてきた。


 [本 日 の 記 事] 
 

いざ出発 〜謙虚の大切さを教わった一番札所


  一番札所霊山寺の門前に立った。
 “いよいよ門出か” と、強い決意がわいた。
 私にとっては、これまでの人生を清算することになる旅へのスタートなのだ。

 山門を見ると、たくさんのわらじがぶら下がっている。
 これからの旅の安全と結願への思いを込めて奉納したものだろ。
 中には、無事結願を終えて、心からのお礼の気持ちをこめたものもあるのだろか。
 
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(連載記事「人生を決めた遍路」の写真は、いずれも1976年当時のものです)

「よろしくお願いします」と、山門でていねいに一礼して門をくぐる。
 山門のそばには大きな池があり、鯉がゆったりと泳いでいる。
 
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 14年ぶりの遍路なので、念のため、手帳を広げて、
 書きとめてきた巡拝順序を確認した

 まず手水場で清めて、本堂へ進む。
 初めての遍路のときよりもむしろ緊張しているのが、自分でもはっきりとわかる。
 目の前に古刹然とした本堂がでんと構えている。
 
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イメージ 4 その前の両脇に、石製の杖置きが目に留った。
 たくさんの杖が差してある。自分も差すかどうかちょっと迷ったが、
 忘れると困るので、胸の前に持って納め札を書いた。
 なにせ、恥ずかしいここに、学生時代の遍路のときには、
 最初のころ何度も杖を忘れて歩いて戻ったという、苦い経験をしているからだ。


 階段を上ると古刹然とした本堂へと入る。
 納め札を納めてから、
 マッチでローソクに火をつけ、お灯明を灯そうとするが、
 杖が邪魔でなかなか思うようにはかどらない。
 しかし、杖はお大師さまなので、しっかりと胸に抱いてマッチを擦る。
 おまけに、風で中々火が着かず4本目のマッチでようやく火はついた。
 ローソクは出来るだけ奥の上段に差した。
 続いて、線香に火をつけ線香立ての中央に立てた。
 これは、その後の人がローソクや線香を立てやすいように、との配慮である。
 
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 杖は邪魔なので、忘れることが心配だったが、結局は杖置きにおくことにした。
 杖には、住所氏名とりあえず、ボールペンで記名した。

 本堂に入ると、薄暗い中に提灯が灯され、幻想的な雰囲気に包まれている。
 中央には、ご本尊の釈迦如来が祀られている。
 いっそう荘厳な気持ちになり、緊張感が高まった。
 
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 私もいよいよ14年ぶりの読経だ。
 ところが、どのお経をどの順番で読んでよいのかほとんど忘れている。
 特に決まりは無いが、なるべくならば標準的な参拝をしたいという気持があった。

イメージ 9 そこへ、7,8人の遍路が、先達さんに引き連れられてやってきた。
 いまのような団体バス遍路はまだ無い時代なので、
 おそらく集団の歩き遍路なのであろう。
 これは、グッドタイミング。
 先達さんやお遍路さんに頼んで仲間に入れてもらった。
 最初のお寺なので、先達さんはていねいに教えはじめた。
 「一を聞いて十を知る」ではないが、 
 さすがに八十八ヶ所を巡った経験があるので、すぐに思い出した。
 しかし、せっかくお願いしたのだから、
 先達さんの話を聞きながら最後までいっしょに参拝した。
  
 まず、胸の前で合掌し、三礼しながら、
 「うやうやしく、御仏に礼拝したてまつる」
 と唱えることから始まるのである。
 

 続いて読経へと入る。
 開経偈
 般若心経
 御本尊真言
 光明真言
 御宝号
 回向文
 と続くのである。
 これは私が学生時代の遍路でも唱えていたものだ。
 

 これが終わると、先達さんがいる場合には、「ご詠歌」を歌う。
 私は、節回しが判らないので歌ったことはないが、
 今回はみんなに合わせながら歌った。
 哀調を帯びていて私はとても好きなのである。

 思い出してみると、学生時代の遍路の時は、
 十八番札所までは、般若心経だけしか唱えていなかった。
 十九番立江寺に泊めてもらった時に、
 住職さんに教わってから、この6つを唱えるようになったのである。

 大事なことを付け加えると、
 それまで杖しか持たずに遍路していた私が、
 住職さんの息子さんが使った遍路用品をいただいて、
 それからは本格的な気持で遍路をしたのである。


 先達さんのを説明を聞きながら、参拝したお陰で、
 役立つことをたくさん聞くことがで来た。
 やはり、“謙虚さが大切”ということを,
 一番札所で教わったのである。


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