周囲の建物の壁がが水面(みなも)に映って、ワインカラーにきらめいています。
エジプトとイエメン ちょっと紹介
私が何度か訪れた中近東やエジプト・チュニジアでの民主化運動が毎日報道されています。
民主化を求める民衆の声には同調しますが、多くの死傷者には心が痛みます。
有名すぎるほど有名なギザの三大ピラミッド
[イエメン]
イエメンは中東で最も貧しい国といわれています。
首都のサナアです。一番上の写真だけ見ると、近代的で豊かに見えますが、
写真に写っているのは、富裕階級の邸宅や企業のオフィスなどです。
一歩裏側に回ると、職(食といった方がよいかもしれません)がなく、
広場で座り込んでいる人もたくさんいました。
裏町でも、何人もの人が座り込んで、少ない食べ物をみんなで分け合って食べていました。
貧しいながらも和気藹々という雰囲気が感じられました。
中東の人たちには、こういう明るさがあるのです。
「インシャラー(神の思し召すままに)」どうにかなるさ
この、伝統的精神が脈々と受け継がれて来たのでしょう。
[イタリア 前3回の記事] 記事は題目をクリックしてご覧ください。
ヴェネチア3 オリエントの面影を残すヴェネチアの街 〜伝統工芸ヴェネチアン・グラスとマスケラ
迷路のような街
ヴェネチアの道は迷路のように入り組んでいる。
<あれ〜、この道さっきも通らなかったかな〜?>と、
同じところをぐるぐる回っていたり、想いも寄らなかった広場が急に開けたりする。
<これじゃ〜、敵がせめてきても迷うだろうな>などと、妙に感心したりする。
それにしても街の裏側に入り込むほどに、タイムスリップするかのように、
中世に遡る(さかのぼる)歴史の空間を追体験している感じがする。
イタリア人が姿が見えないときなんかは、イスラム諸国の旧市街を歩いている気分にもなる。
そして、ふと入り込んだ大きな中庭の周囲を見渡すと、
ヴィザンチン様式の丸いドームが堂々たる姿を見せている。
まるでオリエントの都市に彷徨いこんだ気分になった。
そこはなんと、サン・マルコ広場にあるドゥカーレ宮殿の中庭であった。
ヴェネチアは、ローマ帝国の影響を強く受けている他のイタリアの都市とは異なり、
東方の影響を今も残していることを、強く感じさせる。
昼間、しっかり道を確認したつもりでも、日が暮れると雰囲気が変わってしまい、
胎内羅針盤がまったく役立たないこともあった。
しかも、数段上がっては降りる小さいものも含めて、400もの橋が架かっているのだ。
万歩計がいやいやするほどの距離を歩いたように思う。
それでも、歩くのがこんなに楽しい街は、世界中にそうそうあるものではない。
間違って紛れ込んだ小道に、アルメニア人の教会が影を潜めていたり、
すてきなヴェネチアン・グラスの店を見つけたり、
マスケラ《仮面)を被ってみたりと、ワクワクだらけだ。
さすがに、延べ3日目ともなると、それほど迷わなくなる。
道の性格や気配のようなものが感じ取れるようになったと、ちょっとうれしくなった。
マスケラ《仮面》
お土産屋をのぞくと、必ずと言ってよいほどこれ見よがしに飾ってあるのが、マスケラ(仮面)だ。
毎年2,3月には仮面カーニバルが行われ、市民も観光客もお気に入りのマスケラを株って、
こぞって参加する。
「ロミオとジュリエット」の出会いも、仮面舞踏会だった。
さて モデルは誰でしょう?
ヴェネチアン・グラス
ふらりと入ったヴェネチアン・グラスの店で見たグラスがあまりも見事なので、
店の人から場所を聞いてガラス工房を訪ねてみました。
工房に入ると、ちょうど日本人のツアー客が見学中だったので、一緒に仲間に入れてもらった。
社長(店主)の、やや片言だがユーモアあふれる解説付きで、グラス制作実演を見学した。
ガラス工房で実演してくれた職人
素晴らしいものが目白押しだが、買う気はないので「写真OK?」と訊くと、
日本語で「1,2枚OK」と言うので撮影させてもらった。
明らかに東洋の影響を受けているグラスは、シルクロード貿易を物語っている。
海洋都市国家・ヴェネチアは、シルクロードの主役であった先進的なオリエント諸都市との交流の中で、人と「物」と情報をたっぷりと集め、華麗な水の都を築き上げたのだろう。
|