東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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我が家に帰った気持ち

 いろいろな札所との出会いも楽しみのひとつだ。
 遠くに次の札所が見えてくると、心弾んでくる。
 そして着いたとたん、何かほっとしたものを感じる。
 心も落ち着くし、ちょっとした満足感もある。
 お寺は、そんな気持ちにさせてくれる何かを持っている。
 お寺の安らぎにもいろいろあって、
 静寂や落ち着きの場だったり、人のぬくもりが感じられる癒しの場だったりする。
 
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      遠方に次の札所が見えて来ると、どこか心弾んで来る。(七十番本山寺) 
 
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      札所の階段を一歩一歩踏みしめて上っていると、次第に心が落ち着いて来る、そして神聖な気持になってくる。 
       参道の長い階段が、歩きの「外なる世界」から祈りの「内なる世界」に心を導いてくれる。(十二番焼山寺)

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      霧が立ち込めていた六十六番雲辺寺
       参道の階段を上り終えて境内に入ったとたんほっとしたものを感じた。    
 
一つひとつのお寺がそれぞれの雰囲気をかもし出してくれる。
 時には、山門が「お帰り」とか、「よく来たな」と、温かく迎えてくれるように感じるし、
 堂々たる仁王像が「強く生きよ」と励ましてくれる時もある。
 我が家にたどり着いた時のようだ。
 山門で「よろしくお願いします」と言って、合掌一礼して境内に入る。
 すると、とたんに身がしきしまるのを感じ、神聖な世界へ足を踏み込んだ感じがする。
 遍路道の「外なる世界」から「内なる世界」への切り替えである。
 ここが私にとってひとつのメリハリになっている。
 
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       二十番鶴林寺山門

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       一番霊山寺の2体の仁王像が、久しぶりだな。よく来たなと歓迎してくれているようだった。 (第三回遍路)
 
 お参りしている時は別人になった気がするし、
 お参りすることで、何かある種の達成感が得られた感じもする。
 宗教的なことがわからなくても、祈ることでほっとするものがあるのではないだろうか。
 そして、お参りしたあとは幸せな感じがする。
 手を合わせてお祈りする多くの人の姿を見ていると、
 <みんな幸せになりたいと願いながら生活をしているのだ>と思う。
 
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 お寺は、一つの「心のふるさと的な存在」といえるかもしれない。
 こんなところも、お寺の持つ魅力なのだと思う。

 そして、「心のふるさと」であるお寺と、「社会」である歩きを日々繰り返えしていく。
 お寺をひとつ回るごとに、自分が強くなっていく気がする。
 ――巡拝を終えて、次のお寺に向って歩き出す時、ふとそんなことを感じることがある。

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