東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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結 願

 
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               最後の難関女体山の木にかけられた「結願の札」
 
 八十八ヶ寺すべてを巡拝し 終えたことを「結願」と言う。
 一番から順打ちした人は八十八番大窪寺が結願の寺になる。
 
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                      結願の寺八十八番大窪寺

 
 弘法大師との「同行二人」の旅もいよいよここで終わりになる。
 人それぞれ、感無量の時を迎えるだろう。
 長い道のりを無事に巡拝出来たことを感謝するひと時でもある。
 
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        ひざまづいて感謝の祈りを捧げる遍路

 ここで完全に遍路を終了する人の中には、
 今まで道中を共にしてきた金剛杖や菅笠などをここで奉納する人もいる。
 奉納する場合には、大師堂の横に造営されている「寶杖堂」に納める。
 
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                   寶杖堂には奉納の杖がいっぱい。
 
近年、2000円で「結願証明書」を発行してくれる。
 あくまでも自分の気持の問題なので、私はいただかなかった。
 
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            東京の遍路仲間から拝借しました。

お礼参り

 八十八ヶ所を巡り終えた後に、打ち始めの寺へ戻り、無事結願し得たことを報告して感謝をささげる人が多い。
 こういう習わしが一般化しつつある。
 一番霊山寺から打ち始める人が多いので、八十八番大窪寺から一番へ向かうことになる。
 
 もちろん結願寺から、そのまま帰路に着く人も少なくはない。
 「この習慣は、歴史的、宗教的な根拠が明確なわけでもないし、一番さんの商業的なにおいも感じられるので、意味がない」と述べる札所関係者も多いと聞いた。
 しかし私は、当然のような気持で何のためらいもなく、一番寺へ向かった。
 戻る道すがら、真新しい白衣を着た遍路に出会うたびに、42日前の自分を思い出した。
 感無量なものがあった。

 一番寺では、落ち着いてゆとりのある巡拝をすることが出来た。
 新米遍路が戸惑いながらぎこちないしぐさで巡拝している様子を見て、
 先輩遍路としての誇りのようなものを感じた。
 何か、懐かしいふるさとに戻ったようで、これで自分の遍路は締めくくりがついたと思った。
 私は、お礼参りしてほんとうによかったと感じた。
 事情が許せば、巡ることをお勧めしたい。

 
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       「ありがたい」という気持がどっと湧き出て、涙をためながら深々と頭を下げて山門を後にした。
       「ありがたい」――それは何に対してありがたいのかは自分にもわからなかったが、
       とにかく無性にありがたかった。                 

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