東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 11
        絹の名産地ホータンでは色とりどりの絹の布地が売られています。

冠の中に隠された蚕と桑のお話

 
イメージ 1
    ホータン王に嫁ぐ中国の王女が、冠の中に蚕と桑の種を隠して持ち込んだという逸話を描いた板絵 
                 
 ホータン王国(于窴国・ウテン国)にはもともと桑の木もなく蚕も育たなかったといわれています。
 国王は東の国、唐朝に使者を出して教えを請いました。
 しかし、東の国では養蚕や絹織物の技術を門外不出の秘伝としており、
 関所をかためて往来の荷物を厳しく調べ、蚕や桑の種の国外流出を防いでいました。

 そこで、于窴国王は東の国に婚姻を申し入れました。
 姫君を迎える使者に命じて、姫君に、
 「我が国には従来、桑も蚕もありませんので、是非とも種を持ちかえり、養蚕を発展させて、自分の手 で衣服を作りたく思います」
 と言わせたのです。
 
 姫君は迷った末に、ひそかに種を持ち込む決心をしました。
 関所で荷物をすみずみまで調べられましたが、姫君の冠だけは調べられませんでした。
 種は冠の中に隠されていたのです。
 それ以来、于窴国には桑の木が生い茂り、養蚕や絹織物業が盛んになったといいます。

 
イメージ 2
           ホータン周辺から発掘された絹の布  ホータン博物館にて
 

ホータンは養蚕と絹織物の中心地

 西域南路に位置するホータン地区は、新疆における養蚕と絹織物業の一中心地です。
 ここには自治区直属の養蚕研究所があるほか、
 自治区最大の規模を持つホータン絹織物工場があり、織物の一部は輸出されています。
 
 7世紀に通った玄奬三蔵は、 玄奬は、この地の産業について興味深い記録を残しています。
 ――住民は「みな絹と絨毯を織ることに巧みである」と伝えているのです(『大唐西域記』)。
 中国では絨毯のことを「地毯」と書きます。
 もともと毯という言葉は、薄い敷物を意味するのです。
 毯と同系統に「淡」という言葉があるのですが、さっさりした状態、色などが薄い状態を表します。
 毯もあまり厚みのない獣毛製の敷物の意味なのですが、
 この語のイメージは、厚みよりも「広がり」の方が強いようです。

 白居易(白楽天)に「紅錦毯歌」という詩がありますが、
 千数百年の昔から、絨毯はホータン・オアシスの代表的産品だったことがうかがえます。
 
その事情は現在でも変わっていません。
 バザールや市街地の店で色とりどりの絹の布地や絨毯が売られています。
 
イメージ 10

 
イメージ 13

 
イメージ 14

 
イメージ 11


 市内の四つ角クルバックから北西の街はずれに絹工場(和田絲綢工場)、
 南東の街はずれに絨毯工場(和田地毯工場)と、
 対照的な位置にある2つの工場が、今や「玉」を抜いて、現代ホータンの二大工場になっています。

絹工場(和田絲綢工場

 ほとんどが分が手作業で、いかにも人海戦術的な様子でしたが、
 逆に、手作業だからこそのよさがある――と考えると複雑な気持でした。
 
イメージ 3

 
イメージ 4

 
イメージ 5


絨毯工場(和田地毯工場)

 
イメージ 12

 
イメージ 6

 
イメージ 7

 
イメージ 9

 
イメージ 8

 
 写真でもお分かりのように、和田絲綢工場、和田地毯工場ともに、
 まだ中学生くらいの年齢の少年や少女がたくさん働いていました。
 シルクロード諸国では、中国ならず、中央アジア、イラン、トルコ、中東諸国でも子供たちが絨毯造り
 をしていました。
 その技術は、とてもすばらしいものでした。
 子供たちの1日の日当は、数十円だとのことでした。
 
 この二つの工場を見ただけでも、現代中国の労働の問題点が浮かび上がってきます。
 ただ、救いなのはいかにも陽気なウイグル人らしく、工場内が和やかな雰囲気だったことでした。

 最後は、シルク工場のウイグル美人をどうぞ
 
イメージ 15

 

[西域南道をゆく] 前回までの記事

 それぞれ下線付きの題目をクリックすると記事が開きます
268 ミーラン遺跡2 ミーラン故城の手荒な歓迎         269 ミーラン遺跡3 故城を巡る         270 ミーラン遺跡4 吐蕃の城砦と古寺のヘレニズム文化       271 チャルクリク 
272 チャルクリクの小学校とウイグルのこどもたち        273 一路チェルチェンへ        
274 チェルチェン 〜ポプラ並木の郷愁〜            275 チェルチェン 〜バザールとチェス〜    276 チェルチェン故城とザーグンルーク古墳           277.楼蘭からホータンへ7       
278 石油開発で発展するミンフォン      
279 玄奘三蔵が見たホータン は仏教国…、今のホータンは? ホータン1  
280マリカウト故城と玉売りの子供たち 〜ホータン2      281白玉河と「玉」の商人  ホータン3      282 ホータンの日曜バザールと絨毯工場  ホータン4     283ホータンとカシュガル1日千キロの大往復 284ポプラ並木とロバ車、郷愁を感じさせるオアシスの水田  カシュガルから再びホータンへ1 
285刃物の街インギサル  カシュガルから再びホータンへ2   286ヤルカンド  カシュガルから再びホータンへ3     287ホータン周辺の仏教遺跡を訪ねて
 

全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事