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我々はここ3日間で、ランドクルーザーでホータンとカシュガルまで往復し、ヨートカン遺跡とラワクを訪れた。 ヨートカン遺跡とラワクの記事はこちら: 289水豊かなヨートカン遺跡の村 290ヨートカン遺跡 〜幻想の世界への入口ようなポプラ並木 291ラワク遺跡 その間トラック部隊は、ホータンでダンダンウィリクへ行く準備をしながら待機していた。 いざ ダンダンウィリクへこの日は、ホータンを出発して西域南道(国道315号)を東へ走り、ケリアから北へ折れて、ケリア河の左岸をバスカツ・イゲルへ向かった。 旅のスタッフと準備楼蘭と西域南道の旅のスタッフ、移動手段、物資などについて改めて紹介しましょう。 ランドクルーザー(ガイド、運転手、私) トラックA(リーダー、運転手) トラックB(スタッフ、運転手) トラックAには、水・食糧などの生活用品、テント、予備タイヤなど トラックBには、ラクダ3頭、ロバ2頭、食用の羊4頭などが積み込まれている。 たかが客一人にこれだけの周到な準備が必要なのである。 こうした手厚い旅ができる現代人に比べて、 2000年以上も前の旅人の苦労がしのばれ、とてつもない偉大さを感じてしまう。 西域南道はほとんど舗装道路なのだが、舗装状態があまり良くない所が多い。 波打っていたり、亀裂や穴が多い。 私といえば、小型デジカメをラップで覆って、頭を天井にぶつけながらひたすら撮影に専心した。 ―― こんな時、いつも頭に浮かぶのが、道路行政の汚職だ。 工事関係の役人たちが工事費を着服するので、実際の工事費はかなり削られてしまうという。 この日も々、突然道路工事に遭遇したが、観察すると、 アスファルトの厚さがほんの、2,3センチ程度だった。 これじゃ、ほんの一時しのぎだ。 道路の両側には一面砂や小石が無限に広がっている。 わずかだが、ところどころに草やタマリスクが生えている。 そのわずかな草を羊たちがひたすら食んでいる。 道路の南方には、雪をたたえた崑崙山脈が続いている。 山脈からの雪解け水が、西域南道の人々の生活を支え、生物の営みを可能にしているのだ。 時々、遠方あるいは近くにオアシスが見えて来たり、小さなオアシスを通過することもある。 はるか彼方に竜巻が起こって,砂塵を渦巻き状に巻き上げながらユラユラと走って行くのが見える。
170キロの悪路を猛烈なスピードで走ること2時間半、車はケリヤに到着した。(9時25分)
町へはいると、毛沢東とコルバン爺さんが握手している巨大看板がお出迎えしてくれた。 ガイドによると、 ―― 1950年代にケリヤ出身のウイグル族のコルバン爺さんは、毛沢東に感謝の言葉を述べるたに、はるばる北京までロバ車で出発した。 そのことを知った中央政府が色々と援助し、最終的に希望が叶い毛沢東と面談できたとのことだ。 ホータンにも同じ像があり、実際は二人とも同じ位の背丈だったらしい。 ウイグルでは教科書にも出て来るので、誰もが知っている話で、 「民族融和」の象徴となっているとのことだ。 こうしたところは、中国政府はなかなか抜け目がない。 ケリヤで、休憩を兼ねてガソリンの補給。 ?H5>その間ちょっとバザールまで行って…撮影 いよいよタクラマカン砂漠へ入り込んでゆく。 ラクダの旅のベースキャンプであるバスカツ・イゲルへ向かって出発!! 、 |
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2011年08月30日
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