東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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街の復興計画が固まらない限り、本格的に事業再開できないでいる。
そのために、新規借り入れをする段階にもないのが実情だ・。
 
 
 
下記の岩手日報の論説では、「事業者二重ローン 支援手続き迅速化せよ」の見出しで掲載されていたが、これも確かに大事な事ではあるが・・。
今の現状は、この前の段階にあると思う。まだ、事業を再開できる状況にないのである。
何故かといえば、行政の復興計画が固まり、実際に街の形が見えてこない限り、事業者にとっては、どこで事業を再開したらいいのか見当もつかない。
また、どのような形で再開したらいいのかさえ、見当もつかない状況だからである。
事業主の中には、本当に再開できるのか・・・?  そう思ってる事業主の人も多く存在する。
 
この前、大槌町である水産加工をやってる事業主さんと話す機会があった。

雑草がボウボウと生える、津波の被災地を見ながら、語っていた。

「津波の来た街の将来像が見えない中で、どこを拠点に加工工場を建てたらいいのか・・・?港からの距離や周辺の冷凍工場や関連する事業者もどのようになるのか・・?そんなことも分からないまま、闇雲に事業再開は始められない。元のベテラン従業員も、失業給付が終わった。どこかにいってしまえば、ベテラン従業員など人の確保から初めるとなると・・。再開は難しい感じがしている。この1年、街の形が見えて来ると待った。しかし、何も進んでいない。これでは、震災前の債務だけが残ってしまう・・。ホントは二重ローン対策の制度を利用して、事業を再開しなければ、なんともならなくなるのだけど・・・。」
と、深刻な面持ちで話していた。

 
 
 
僕も、この背丈ほどの雑草がボウボウと生える津波被災地を見て、「市街地の再生がどころか、手付かずの状態では、その通りだと思った。」
 
政府は、「二重ローン対策で、政府は半年ほどかかる支援決定までの期間を約3カ月に短縮することを決めた」ようだが、これはこれで結構な事ではある。
しかし、なんだか順番が違うような感じがする。まあ、平行して進めていいことではあるかもしれないが・。
やはり、急ぐべきはなんと言っても、「街の復興計画の実施」が先だろうと思う。

相談件数が少ないのも、「街の復興計画が固まらない限り本格的に事業再開できず、新規借り入れをする段階にもない」のだから・・。当たり前のことである。
 
また、3月に仙台市で発足した「東日本大震災事業者再生支援機構(支援機構)」と昨年11月に設立された「岩手産業復興機構(復興機構)」が併存する。
同じような機構が二つあるのだ。これもおかしい話で、チグハグである。
おそらく利用しようと思ってる事業者もどちらを利用したらいいのか・・?
戸惑ってしまうのではないだろうか・・?
 
いずれにしても、未だに本格的な、復興予算の執行、実行が行わていない。
いくら、このような制度が先行しても、基盤となる、「土地の利用計画」、「復興計画の実施」、「市街地や漁村の背後ろの形」など、
復興計画の形が実際に見えてこなければ、このような、事業者の二重ローン対策の制度も生きてこない。

急ぐべきことは、やはり復興予算の執行、実施である。
1. 街や村の「将来像が実際に、目に見えてくること」
2. 被災者に「将来のイメージが湧き上がってくること」
そうでないと、当然、事業の再開も遅れて行く。
 
その間にも、働く意欲のある人はよそに転出してしまい、復興した時は、老人だけの地域と被災地はなってしまうのは必至であると思う。
 


イメージ 1

背丈ほどの雑草だけが目立つ、今の津波襲来地域の実態で、不安と焦りだけが先行する毎日ですね〜。
 
※ 「お詫び」=毎日、同じような繰り返しの記事になってしまっていますが、変化がないのでこのような事しか書きようがないのです。あしからず・・・。

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事業者二重ローン 支援手続き迅速化せよ
岩手日報 論説
   2012.7.23
野田佳彦首相が14日、釜石市と大槌町を視察した際に表明した。
支援が進まないことに事業者から不満の声が出ている。
 
東日本大震災で被災した事業者の二重ローン対策で、政府は半年ほどかかる支援決定までの期間を約3カ月に短縮することを決めた。
野田佳彦首相が14日、釜石市と大槌町を視察した際に表明した。支援が進まないことに事業者から不満の声が出ている。期間短縮には手続きの迅速化が不可欠だ。
 
 対応強化するのは、3月に仙台市で発足した東日本大震災事業者再生支援機構(支援機構)の業務。これまでの支援決定は宮城県などの5件にすぎない。本県の事業者はゼロで、順調な滑り出しとは言い難い。
 本県事業者の二重ローン対策は、債権を買い取る組織として、支援機構と昨年11月に設立された岩手産業復興機構(復興機構)が併存する。一方の復興機構の債権買い取りも12件にとどまる。
 事業者に対応する県産業復興相談センターへの相談は、開設から8カ月の6月末までに298件。4千以上の被災事業者があることを考えれば非常に少ない。センターの職員が仮設店舗を回り、案件を掘り起こす状況だ。
 相談態勢、支援手続きともに、事業者にとって使い勝手の良い存在となっているかどうか。各組織は課題を洗い出し、柔軟に業務を見直してほしい。
 二重ローンの相談が少ない理由に、金融機関が既に貸し出し条件の変更を行っていることや、事業者が当面は仮設店舗での営業にとどめることなどが挙げられる。
 
行政の復興計画が固まらない限り本格的に事業再開できず、新規借り入れをする段階にもない。
逆に言えば、市街地の再生が始まると工場や店舗の新設などで相当の資金需要が見込まれる。
 
 従来の借り入れを一定期間棚上げし、新たな資金調達をしやすくするため、金融機関から債権を買い取るのが機構の主な役割だ。しかし、現在は手続きに時間がかかる。
 事業者の財務書類が津波で流された事情もあるが、金融機関との調整や契約書作成などに手間取る場合が多い。必要な点は改善し、スピードを上げてもらいたい。
 同じような機構が二つあるのは、ねじれ国会の「産物」といえる。政府・民主党が被災各県につくった復興機構を不十分とする自民など野党提案に民主党が修正合意し、支援機構ができた。
 支援機構の方が業種が広く、より債権回収の見極めが難しい債務者が対象となる。こうした違いは事業者にしっかり周知すべきだ。
 両機構の連携も、いまだ手探りの状況という。事業者を支援することで地域産業を復興させる目的は同じだ。情報共有を徹底してほしい。
 
 
 

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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  シルクロード開拓のために外征で活躍した若き武将霍去病の雄姿 
  まるで迫り来るような迫力だ  五泉山公園 


 [歴史コラム 蘭州 ]
 漢代には金城(きんじょう)郡に属し、河西回廊(かせいかいろう)地帯への門戸として交通や交易、軍事上の要衝(ようしょう)で、黄河上流の渡河(とか)地点でもあった。遊牧騎馬民族の匈奴(きょうど)が侵入して略奪を繰り返したが、前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)(在位、前141〜前87年)時代、将軍の霍去病(かくきょへい)らが討伐した。霍去病が都の長安に凱旋する途中、蘭州に立ち寄り、その折、部下の李息に命じて、黄河の岸に城を築かせ「金城」と名づけた。その後隋の時代、州が置かれ皋蘭山の蘭を取って「蘭州」と改称された。吐蕃(とばん)や西夏(せいか)にも一時期支配されたこともある。


霍去病縁の五泉山公園

 12日目
 まず第一番に向かったのは、霍去病ゆかりの五泉山公園である。 
 公園の中には、5つの由緒の泉があり、明と清の時代に建てられた寺がたくさん建っていた。

\¤\᡼\¸ 7
            五泉山公園入口
 
 

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           門を入ると坂道が続く。
  
  五泉山公園の急峻な山肌にはところどころに寺院や楼が建っている。
 
 
坂道を上って公園に入ると、霍去病の雄姿が迎える。
 
イメージ 2
 
 
 
近づくとまるでこちらにまっすぐ攻めかかって来るようだ。その迫力に、思わずたじろぎを感じてしまう。
 
イメージ 3
 
  像を見入っていると、2200年前の霍去病がわたしの前によみがえってくるような思いがした。
 
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 霍去病は勇猛果敢に戦い宿敵匈奴を打ち破る。(甘粛省博物館の絵を撮影)

 
 公園として広く開放されているので、今日は日曜ということもあって、カメラを手にした家族連れや、若いカップルなどで埋め尽くされている。中国では、どこの観光地でも訪れるたびに観光客の数が急増している。経済発展を見れば、当然のこととうなずける。

\¤\᡼\¸ 16 多くの社殿や楼閣があるが、すべては回りきれないので、二箇所に絞った。
 まず天王殿。
 このお堂は1392年に建てられたお堂である。天王殿には一般的に弥勒菩薩が祀られるが、玄奘三蔵がこの地で黄河を渡れずにいるとき阿弥陀如来に祈ったら渡れたということから、蘭州では阿弥陀如来が祀られている。阿弥陀仏は高さ3.85m、重さ5トンの銅像で左右を四天王が守っている。
 
 


\¤\᡼\¸ 14 次に大雄宝殿を訪れる。大雄とは釈迦のことで過去、現在、未来の三世仏が祀られていた。

 大雄宝殿の横には中山記念堂があった。中山とは孫文のことで、中国では孫文と言わず中山と呼んでいる。毛沢東は尊敬する人もいれば嫌う人もいるが、孫文は誰からも愛されていて、各地の都市の大通りの名前にもしばしば付けられている。

\¤\᡼\¸ 17 \¤\᡼\¸ 18
       中山記念堂                   中山像          
 
 五泉

  ――漢代の常勝将軍霍去病が匈奴遠征の途上、飲み水に大変困った。屈強な軍もさすがに疲弊し、一歩も先に進めない。そこで彼は馬で山上へ駆け上がり、鞭を山腹に5回打ち振るった(剣を突き刺した言う話もある)。するとたちまち水がコンコンと湧き出し、5つの泉が生じた。
 この話は司馬遷の『史記』や『漢書などには記されてなく、あくまでも伝説に過ぎない。しかし、明代になると、民族信仰と結びついて、ここに寺が建てられた。霍将軍の「去病」という名は、病を取り去る意味があり、これが信仰の対象になったようだ。
 
 現在も、その名のとおり甘露泉、掬月泉、模子泉、恵泉、蒙泉という5つの泉がある。
 いくつかのお堂の前を通り境内の最上部に行くと、これらの由緒ある泉があった。 
 甘露泉は最上部にあり甘い水が出ることから名付けられたが、今は水が枯れていた。
 掬月泉は十五夜のとき水面に月が写ることから名付けられた。

\¤\᡼\¸ 19\¤\᡼\¸ 20                       掬月泉
 

 
\¤\᡼\¸ 21 摸子泉はお堂の中にあり、この泉の中から、石を拾うと男の子、瓦を拾うと女の子が授かるという言い伝えがあるそうだ。

 
     
  コメントや「イイね!」はうれしいです。                              
 

愚痴について

 
 

愚痴をいう人をよく見ておりますと
そのほとんどの方が
「他人のせい」にしたり「環境のせい」にしています

自分のせいにして愚痴を言う人はおりません
まさに、愚痴をいう人は「欲求不満」でいっぱいなのです

「お金が欲しい」
「地位が欲しい」
「名誉が欲しい」
「もっと他人から褒められたい」

とにかく、欲しくて欲しくてたまらないのです

だけど
愚痴を言ったところで、いったい何の幸福感があるでしょう
「愚痴を言ったらすっきりした」という人をよく見かけますが
聞かされた人の気持ちのことなど全く考えてもおりません
そう、「自分のことしか考えていない」のです

愚痴は自分の心を穢すと同時に
他人の気持ちも穢しているということを
知っていただければと思います


転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

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