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大勢の方々に訪問していただき厚く御礼申し上げます。
来年も訪問よろしくお願いいたします。お待ちしております。
張掖へ向かう道すがらのんびりと進むロバ車がたくさん見られる
張掖への道1 幻のピンゴリー
万里の長城が次第に姿を消すと、西の方の山から次第に雲が湧き上がって来る。ここは標高二千メートルほどなので、砂漠地帯というよりむしろ高原だ。だから天候はめまぐるしく変る。どんよりと曇った空からは、今にも雨が降ってきそうな気配になってきた。
小さな集落をいくつか通り過ぎる。どの集落にも、郵便局、人民銀行、学校、赤旗の立つ地区の革命委員会の建物があり、長距離バスの停留所があった。大きな袋をかついだ人たちがバスを待っている。バスが来ると、大きすぎる袋はバスの屋根の上に積み上げられる。いつ見てもバスは満員である。Tさんのトラックに乗せてもらわななかったら、この種のバスに乗っていたにちがいない。
(左)バスを待つ人々 (右)大きな荷物は屋根に積み込まれる
このシーを見てふと思い出した…以前タイでバスに乗ったとき、スコールでリュックの中身がずぶぬれになってしまったことがあったっけ…。
でも、河西回廊はめったに雨が降らないのでこの人々は大丈夫だろう。
例によって、ところどころで警官に停止命令を受ける。――シルクロードは1回目の旅のときにも、中国からトルコまでどこでよく警察の検問を受けた――。
外国人の私を乗せているので、しつこく理由を聞かれる。その都度Tさんは根気強く対応してくれる。それでも面倒な時には、伝家の宝刀「Tさんの兄の紹介状」を見せる。すると、すぐに埒が明く。始めからみせたら? と私が言うと、権威を振り回したくない、と彼は言う。すぐに権威を振りかざしたがる人が多い中国にあって、Tさんのような人は珍しい。我々のすぐ後、対向してきたトラックが取調べを受けた。彼は書類を書かされた上、お金を払わされていた。
現金だと交渉次第で値引きしてくれるとのことだ。、警官の懐に入ることも、もちろんある。蘭州拉麺の店で働いていたおばさんが「うちの亭主は小遣いがなくなると、検問に行く」と話していた。これは別段中国に限ったことではない。
道路の補修工事があちこちで行われていた。道路わきに、コールタールをためたプールのようなため池がある。長い柄の柄杓からドラム缶にタールを移している人が見える。老人も若い娘さんも働いている。そういえば、スカートをはいた女性を見ることは稀である。みんなズボン姿だ。土や砂利を運ぶのは荷馬車。山丹牧場で見た軍馬もこの中にいるのだろうか、そんなことを想ってみた。 集落の高台や河原に緑色の軍服をつけた兵隊の姿があった。、解放軍の駐屯地であろう。3台の高射砲が西の空を向いている。かまぼこ型のテントとテントの間には、洗濯物がぶらさがり、その横でバレーボールに興ずる兵隊がいる。 こんな光景を撮影しているのを見つかったらどんなことになるかわからない。
厚い雲間から青空がのぞき、薄日が差してきた。ジェット戦闘機が白い線を残して雲の中に消えていった。このシーンは、戦争とはいかにも無縁そうな大草原で夢と歴史の世界に浸っていた私を、一瞬にして現実の世界へ引き戻してしまった。
こんな集落を抜けるとまたゴビ、そしてまた集落、その繰り返しが延々と続いた後、ここから張掖の街まで、途切れ途切れにオアシスが続いている。ちょうど昼時であった。人通りは少ない。
通りでは、ござやシートの上に瓜、スイカ、野菜、果物が山に積まれている。「ピンゴリー」という初耳の果物があった。 「りんごは中国語でピンゴー、梨はリーといいます。つまり、ピンゴリーはりんごと梨を掛け合わせたものです」と、Tさんは説明した。残念ながら、その場を通り過ぎた後に説明されたので、買って食べる暇がなかった。ピンゴリーは、見た目はりんごに近く、味は梨のようだという。ただ、食べた後はりんごの酸っぱさが残るのだそうだ。機会があったら食べようと思ったが、それからはピンゴリーとは、二度と出会えなかった。 本日のシルクロード美人
蘭州 ミス少数民族コンテストにて
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2012年12月31日
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