東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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世界の親日(^^)

 
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▲日本という国が好きですか?
 
BBC2012年好きな国嫌いな国調査
http://www.globescan.com/images/images/pressreleases/bbc2012_country_ratings/2012_bbc_country%20rating%20final%20080512.pdf

ドイツ人に聞きました
韓国
好き18% 嫌い 46%
日本
好き58% 嫌い 29%

ヨーロッパ圏では大体同じで韓国は嫌われ日本は好かれている
成り済ましのザパニーズが多い原因

スペイン人に聞きました
韓国
好き21% 嫌い 41%
日本
好き62% 嫌い 17%

イギリス人に聞きました
韓国
好き43% 嫌い 42%
日本
好き70% 嫌い 17%

フランス人に聞きました
韓国
好き45% 嫌い 40%
日本
好き66% 嫌い 24%
 
 
 
アジアは中国・韓国以外は本当に親日ですよ
真面目で嘘をつかないというイメージに思われてます。女性にもモテます。
それと中国は反日ですが日本人を羨ましいとは真面目とか尊敬の念も持たれていて総反日とは言いにくいです。

ダントツ突出しての反日は韓国です、
あの国は日本の何もかもを否定した教育のせいで
仲良くとか100年先でも無理かも・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
ポーランドでは空前の日本ブーム
その背景には280社にものぼる日本企業の進出
ポーランドの東大ワルシャワ大学の日本語学科では
全学科中最高の倍率30倍を突破
ポーランドではJ-POPを愛する人たちが増加中でポーランド人は
日本人になりたがっているのにあんがいみんな知らないんだよね〜(^^;

 
 
 


 
 
親日の有名人 
(一部です)
 
 
 
 
グウェン・ステファニー

原宿カルチャーを海外に紹介したセレブの第一人者。
「原宿ラバーズ」というファッションブランドも立ち上げた。

シンディ・ローパー

2011年3月の震災の最中、コンサート、被災地訪問などを行い、子供たちを勇気づけた。

サッカー選手。新日本プロレスの大ファンであることも影響してか、震災復興支援に2340万円寄付している。

 

90年代に来日した際に、日本の文化に興味を持ったことから「ラスト・サムライ」の制作から参加。
着物が好き。

愛犬の柴犬を「シバイヌ」「ヨーコ」と呼び、白のバーキンに、カタカナで「アイラブ リトルモンスター」と書き、肩には「Tokyo Love」というタトゥーを入れている、という豊富なエピソードの持ち主。

グラミー賞受賞のミュージシャン。
高校生の頃に小田原の一般家庭にホームステイし、向上高等学校に短期間通っていた経験を持つ。
ジェシカ・シンプソンとの交際についてなぜか報道陣に日本語で語るなど、日本愛にあふれる人物。

映画俳優
17歳で来日、英語を教えながら禅、合気道、剣道、柔道、空手を学ぶ。合気道7段。
最初の妻は日本人で、娘は女優の藤谷文子。

映画監督
言わずとしれた日本文化オタク。
特に黒澤明と深作欣二に敬意を表することが多い。

 
 

世界的メタルバンド・メガデスを脱退し、日本に移住。
J-POPの歌手にも多くの曲を提供している。
あまりにも流暢な日本語を操るギタリスト。

世界的サッカー選手
日本語も流暢に話せるが、選手と距離を作るために敢えて話さないらしい。日本料理が好きで、納豆も食べられる。

日本文学研究者、ケンブリッジ大学名誉博士
コロンビア大学退官後、震災を機に日本国籍を取得し、日本に永住する意思を表明した。

1916年、チャップリンはマネージャーに、当時アメリカで運転手をしていた高野虎市さんを雇ったところ、車の運転から経理まで何でもこなす働きぶりに感動し、10人以上もいた使用人も全て日本人に変えてしまったという。映画『チャップリンの冒険』で、運転手役で出演も果たしたこの高野さんとの出会いをキッカケに、チャップリンは日本に興味を寄せるようになった。

 
ほんの一部ですよ(^^)
 
相思相愛のイメージ
これ大事です!
 
反日国は要らない。

 
 

転載元転載元: ローリージャパンの日々雑感!

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 吉野川河川敷の菜の花畑  Y君もこの菜の花で心癒されたことだろう
 
[ひきこもり青年の歩き遍路前回までの記事]
  
「生徒たちは気づいていたんですか?」とY君は興味深そうに尋ねた。
「幸い、まったく気づいていなかったようですよ。毎年、卒業する生徒たちに授業の感想を聞くんですが、『先生は、楽しそうに授業をやっている』と言っていましたから…」
「それなら後悔しなくてもよかったんじゃないですか?」
「教師の道を選んだことはまったく後悔していないんです。それは確信しているんです。しかしねえ、自分の能力をもっと発揮できる道というか、分野というか、そういったものは他にあるはずだ…、本当に好きなことをやってみたいって、ずうっと思い続けて来たんです。自分は、「仮の人生」を送っているという気持が強かったですね。だから、退職後には「ほんとうの人生」を送りたいと思い続けていたんです。不本意な過去の延長じゃなくて、新しい人生を歩んでみたかったんです。リセットというのはそういう意味なんです。
 化学とは無関係な新しいことに挑戦して、―― 納得のゆく人生を送りなおそう――いつもそう考えていましたね。それで、四十すぎから、俗に言う『自分探し』を始めたんです。いろいろなことに取り組みましたね。そうしながら辿りついたのが、好きな旅をしてそれを文章にして、旅行作家を目指そうということだったんです」
 「旅の皮切りがこの遍路なんです。私は遍路も好きなんですが、もっと憧れを持っているのがシルクロードなのです。小学5年生の時マルコポーロを知ってから、大人になったらは絶対シルクロードを旅するぞと決めていいたのです。いつもシルクロードと聞くと胸がわくわくしましたね。8月下旬からスタートします。今回は9人で2ヶ月の旅ですが、次は必ず長期間一人旅をしようと思っています」
「だから明るいのもわかったでしょう!?」
 
「遍路は今回で3度目なんです。1度目は20歳のとき。初めは旅行の延長線のつもりで歩き始めたんだけれど、だんだんと気持ちが変わってきてね…」
「話の途中ですが、どう変わったんですか」と、Y君が少し身を乗り出した。その様子にわたしはいくぶん安堵感を覚えた。正直のところ、彼はあまり遍路に乗り気でないことを感じ取っていたからだ。
 
「単に遍路の真似事をやろうという僕にみなさんが丁重に頭を下げてくださる。こんないい加減な気持ちで遍路していたんでは申し訳ないと初日から感じたんですよ。何せ40年前ですからね。今よりもさらにお遍路さんを大切にしてくれる時代でしたから…。それで本気で遍路やろうと思ったんです」
それに対して彼は何も言わずにうなずいた。
「明日登る焼山寺の遍路ころがしを越えた時には、自分もいっぱしのお遍路さんになった気分でしたね~」 
 私はここで明日は難関であることをにおわせて、彼にそれなりの覚悟をさせようと思った。それに対して彼は何の反応も示さなかった。彼は迷っているのだろう。わたしは少し心配になったが、彼に不安を与えないように明るく振舞った。
 
「33歳の遍路はさっき話したように、その後の人生をきめる遍路だったと言ってよいでしょうね。決心する場をわざわざ桂浜に選んだのは、坂本竜馬が28歳で脱藩するとき、この浜で、大志を持って日本のために役立つと誓ったと言われているからなんですよ」
 
 
 わたしはここまで言い終えると、無意識に「ふーっ」と大きな息をついた。まさに溜まっていたものを一気に吐き出したという感じだった。
「Sさんもずいぶんいろいろなこと経験したんですね」
「しかし、ものは考えようでね。嫌いな化学を四十年以上も頑張り続けてきたからこそ、『新しいことに挑戦しよう』という強い気持ちが生まれた……と思うんですよ。それは絶対間違いないですね。不本意な四十年間をバネにして飛躍したいと思ってね…。そう考えると、化学を続けてきたことはむしろ良かったんじゃないかと思えるようになったんです。苦しみが長かったからこそ、今の喜びが、いっそう強いのだと思いますね。新しいことにチャレンジすることが、今までの自分自身に対する罪償いだと思っているんです」
「そのようなものなのでしょうか」
と、Y君は十分には納得しかねているようだった。
「だから、今はまだお遍路三日目ですが、『四十年来の悔い』が、あっけないほど簡単に消え去ってしまった――という感じがしています。まあこんなところですね…」
と言って、わたしは話を一段落させた。
 わたしはノルマを果たしたのだから、今度はいよいよY君の番だと思った。ただどのように切り出したらよいのだろうかと、話しながらも思案していた。 (続 く)
 
 
 
一番霊山寺から2番極楽寺に向かう道の両側には桃が見事な花を咲かせていた。
 
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国家の品格』という本を読んだ覚えがあります。

新潮新書から2005年11月に出版された藤原正彦の著書です。
随分、前に読んだ本なので、どんな中身だったかを忘れていました。
しかし、この前の日曜日の夜に、
今年のNHK大河ドラマ「八重の桜」が放送されて、
初回は、「ならぬものはならぬものです」というタイトルで放送され、国家の品格』に出てくる、会津藩の教育精神である「什(じゅう)の掟」で、その本の事を思い出したのです。

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そういえば、もう2005年頃は日本は完全に「縁から培われて来た、伝統とか規範」とかが、失われ崩壊していたのでしょう。
そういう危機感から
藤原正彦さんは、書かれたのだろうと想います。
 西洋やアメリカの「論理万能主義」を批判し、「だめなものはだめ」と主張し、グローバリズムなどを真っ向から否定してる本だった気がします。
日本特有の伝統や美意識などを重んじることを説き、世界で唯一の「情緒的な文化」を持つ日本の「国家品格」を取り戻すことを訴えるような本であったように記憶しています。
本棚にありました。
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会津藩「什の誓い」
  1 年長者の言うことを聞かねばなりませぬ
 2 年長者にはお辞儀をせねばなりませぬ
 3 虚言を言ってはなりませぬ
 4 卑怯なふるまいをしてはなりませぬ
 5 弱いものいじめはなりませぬ
 6 戸外でものを食べてはないませぬ
 7 戸外で婦人(女)と言葉をかわしてはなりませぬ
   ならぬことはならぬものです
この「什の誓い」の中には、現代にマッチしないものも確かにあります。そこで会津では、この誓いを下敷きにして、最近、学校や地域の集まりで唱和する。
「あいづっこ宣言」ができたそうです。現代版の「什の誓い」ですね。
「あいづっこ宣言」
1 人をいたわります
2 ありがとう、ごめんなさいを言います
3 がまんをします
4 卑怯なふるまいをしません
5 会津を誇り、年上を敬います
6 夢に向かってがんばります
やってはならぬ。  やらねばならぬ。
 ならぬことはならぬものです。(ダメなものはダメなのです)

この言葉は、今の疲弊した日本社会に倫理観の醸成。教育現場でも生かされるような気がします。
先生と言われる政治家。高学歴の官僚。金儲け主義一辺倒の大企業。財界。マスメディア。
額に汗を流して働く、僕らでも、是非、考え直したい・・。と想います。

やってはならぬ。やらねばならぬ。〜ならぬことはならぬものです。
やっていいことはやって、ダメなモノはダメなんです。


ハッキリと、「イエス」と「ノー」を意思表示する。
それが、言える被災地でないと、原発収束も被災地復興も遅れて行くと想うのです。
そして、そういう倫理観を持った人が多くいる日本になって初めて「品格」もでてくるように想います。
ここで、掘り下げて「
日本の「国家品格」を取り戻すことを」書きたいところですが・・。後にすます(5000文字までですから・・)

僕は、あの放送以来、「ならぬものはならぬものです」という言葉が、耳に残って仕方がないのです。
同じ3.11の被災地であり、しかも福島は、原発事故で大変な事になっています・・。
だから、今こそ、掟の内容は別として・・。
政府や東電に対して「自分たちの強い怒りと願い」を強く
ならぬものはならぬものです」と強く訴え続けるべきだとも想います。

マスメディアが放送しないのら、「日本の品格」において、それを民衆が・・。
初めは小さてもいいのです。草の根で、広げて行きたい・・。僕はそう思っています。
これは、福島だけではダメです。全国の世論が・・・・。
そうです。「ならぬものはならぬものですと訴え続けなけば・・。と。

さて、千円札でお馴染みの新渡戸稲造は
岩手出身であり、岩手の生んだ偉人です。
彼が、書いた『武士道』という本に、なにか共通するものがあると感じました。
天下泰平がづづき、幕末直前に武士も、庶民も「国家品格」というものを無意識の中で、その倫理観を養った時代なのかもしれません。

被災地三陸沿岸にも、同じような「掟を誓う」地域があります。
大船渡市赤崎町の佐野地区では1月14日、地区内の15歳男女を対象に元服式が行われるのです。
戦時も途切れることなく、今年が163回目なそうです。

そこでは、嘉永年間から伝わる30カ条の定めが読み上げられるのです。
「信心はまことのあらわれ」、「親孝行は我が子孫のため」などなど、今に通じる教訓は、まさに先人の知恵そのものだと感じます。

あの、3.11大震災直後にも凛とした被災住民の気風が国内外から称賛されたのには、このような東北には、倫理、哲学があったからではないかと思えてくるのです。
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津波被災から、もうすぐ2年ですが、この津波で流され、激変した地も、同様にこの先達の精神伝統が引き継がれています。
それは実は、「復興の過程」において、目に見えない形で活かされてのだと感じるのです。

被災者である、自分が言うのも変ですが・・。
それは、全国から支援してくれる方々への感謝の心です。
また、ボランティアで被災者を支えてくださる方々に対する、「素直で謙虚な感謝の心」です。
http://www.town.kitagata.gifu.jp/syogai/images/004/DSCF3254.jpg

支援活動やボランティア活動をやってる人によく言われます。
「ありがとう。ごぜんす。ホントにありがでいことだと思って、おりえんす・・・・。」
という三陸の訛り言葉をよく、言います。聴きます。
で、言われた側は・・。
「自分たちのやった事、活動が喜ばれて、嬉しい。それがまた頑張って支援したいと・・。」とう嬉しい反応があるのです。
 
 嬉しい事に、ボランティアで通い詰めて、家族を連れて、わざわざ、不便な被災地に移住した家族も何組かあるのです。この前、地元テレビでも出ていましたが・・。
インタビューで、「綺麗な海があって、景色はいいし、空気も綺麗。人がみんな暖かいんです。」と・・。嬉しい事も起きています。

人と人・・・。
人は、1回の言葉ではその真心は伝わらないものです。
実際に、人は逢って目を合わせ、手を握って・・。話してこそ、真実は伝わります。

しかし、この「
真心」はネット社会では、なかなか伝わりにくいモノがあります。
でも、「繰り返し、繰り返して、反復すること」それしか、真心も真意も伝わらないと知りました。でも、それをやることによって、今は、少しづつ伝わるものだと思ってきました。
僕は、津波被災したただの漁師です。
3.11から毎日ブログ記事を書いて、TwitterFacebookでも同記事をアップしています。
僕は、PTSDを患っていて、書きたくない時もあったりもします。
でも、「3.11を風化させたくない・・。」そんな、想いで今は書いています。
やはり、「継続は力」だと・・・・・強く感じています。
それでも、少しづつ心や真実は伝わって行くんだと、実感しています。

しつこいと思っている方もいると想います。でも、僕は止めないと想います。
しつこい、粘り強いのも東北人らしいからです。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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