|
祝 ワールドカップ出場決定
クズルガハ烽火台からクチャへ
クズルガハ烽火台からクチャの街へ戻る。
約10キロの道のりだ。北は荒涼としたチョルタク山麓の丘陵地帯が続き、南はタクラマカン砂漠に向けて茶色の砂と黒っぽい小石が混じったゴビが広がっている。
チョルタク山麓の丘陵地帯と砂と黒っぽい小石が混じったゴビ 4,5キロ走るとカシュガルへ向かう幹線道路に入り、オアシスの緑が見えてきた。オアシス内に入ると、ポプラ並木がうっそうと繁り、緑陰下にできたトンネルのようだ。
カシュガルへ向かう幹線道路の両脇に高くそびえるポプラ並木のトンネル
ポプラ並木の間から、ウイグル族の家屋の白い鮮やかな白い壁が時々見えてくる。白い色はウイグル人の伝統的な意識では幸福,幸運,善,純潔, 高尚の意味を表してきた。多少お金にゆとりのある家は白壁が多いとのことだ。
亀茲故城
ポプラ並木が切れると、現地ガイドは「間もなくかつての王城跡、亀茲故城です。写真を取ったらすぐお戻りください」と案内した。長安いも劣らないと言われた壮麗な宮殿を誇った王城も、現在は、高さ約7メートル、幅5メートルの城壁が、200.メートルほどにわたって断片的に残っているだけである。
玄奘三蔵は、「国の大都城は周囲17,8里」と、伝えている。調べてみると、当時の1里はおよそ400メートルだから、城壁の全長は、大体、7,8キロあったのだろう。
現在残っている朽ちた城壁は、外城の一部である。
亀茲国の人口は8万強、戸数約7千で、シルクロードの要衝に位置し、しかも実り豊かなオアシスであったという。 栄華を誇った王城の残骸は今や麦やトウモロコシの畑に取り囲まれている。そのそばで、何人かの男たちが、千古の昔から何事もなかったように腰を下ろしておしゃべりに花を咲かせていた。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]








