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見ず知らずの人を自然に信じる
六十五番三角寺から六十六番雲辺寺へ向かう途中、番外霊場の椿堂でも参拝した。お参りを済ませて出発して間もなく、ぽつぽつと雨が降り始めた。
65番三角寺 本堂
階段を下って雲辺寺に向かう。
別格20霊場14番 常福寺(椿堂) それが5分も歩かない内に急に大雨に変わった。カッパを着る間もないほど急激で、すっかりぬれてしまった。それからカッパを着ても、どっちみち汗でビショビショになるのが落ちなので、ずぶぬれになりながら歩いた。
すぐに足が冷えてきて怪我した足が痛んできた。四十四番大宝寺から次の岩屋寺へ行く山道で、過信から無謀な下り方をして痛めてしまった。10日経った未だに軽いびっこを引きながら歩いている。痛みをがまんして歩いていると、足を引きずるほど痛み出した。体全体が冷えてきて、気力もなえてきた。ただ向きになって歩いているといった感じだった。追い抜いて行く車が、誘いのクラクションを鳴らしてくれる。
〈もうこんなに無理をすることもないか…。すなおに乗せてもらおう〉という気持と、〈せっかくここまで歩き通して頑張ってきたのに…〉という気持が闘っている。これから雲辺寺の遍路ころがしを上るのかと思うと、心細さも出てきた。〈無理して山の途中で歩けなくなったらどうしよう〉という不安な気持も頭を持ち上げてくる。
しかし、自分の慢心をいさめるための試練から逃れては絶対だめだ―― と言い聞かせた。
そう決心して雨に打たれながらさらに30分ほど歩いていると、(現在ヘンロ小屋37号「しんきん庵・法皇」がある付近)前方から来たワゴン車が停車した。ドライバーが「今日のお宿はお決まりですか?」と声をかけてきた。そのような声がけは初めての経験だし、聞いたこともないので一瞬びっくりした。また、車のお接待と称して悪い人も出始めていたので警戒心も持った。だが、どうしようもない孤独感から解放されたかったし、人恋しくもあった。自然にその声に反応して、思わず「まだですよ」と答えた。信用する気持ちになっていたのだろう。
「この雨なので、車の中で説明します。よかったらどうぞ」と言うので、ワゴン車の中へ入って説明を聞いた。開業してから1ヶ月くらいの宿で、民宿「青空屋」と言うのだそうだ。自分は今日中に雲辺寺を打つために、一度予約した「岡田屋」を昨日キャンセルしたのでまだ宿を決めていなかった。渡りに船のような気持ちで、宿泊をお願いすることにした。
「この大雨の中、足が痛いのでは大変でしょう。雲辺寺までお送りしますよ」と言ってくれたが、「せっかくここまで何日間も足を引きずって歩いて来たんです。自分に負けるわけにはいきません。せっかくのご厚意ですが、お断りさせてください」と頭を下げた。そして「リュックをお預かりしましょう」と言う主人の提案に応じて、宿まで運搬してもらうことにした。まことに自然な流れだった。不思議なほどにまったく疑う気持ちは持たなかった。
巡拝用具だけ持って身軽になった自分は、豪雨の中を再び雲辺寺へ向けて歩き出した。だが、これまでの3度の歩き遍路の中で最も心細さを感じていた。せっかくの「救い人」と、みすみす別れたことを半分は後悔していた。
(次回に続く)
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17時15分、ホテルに到着。
夕食は20時からなので時間は十分ある。 例によって一人で散策に出た。この辺では、9月初旬の日没は20時過ぎなので、まだまだ明るい。
オート三輪タクシーの値段交渉
ホテルを出ると間もなく、道端に停まっている赤いオート三輪タクシーが目に付いた。運転手はしゃがみこんで、客を待っている様子だ。案の定、手招きして「安いよ、安いよ!」と、ウイグル語ではなく中国語で呼びかけてきた。西域も漢人の方が多くなっているが、この人は顔を見るとウイグル人のようだ。中国語なら値段交渉しやすい。招きに応じた。一度乗ってみたかったのだ。こちらには10元という腹づもりがあるが、一応値段を聞いてみた。始めから10元で交渉すれば、それより高くなってしまうのが落ちなのです。
「1時間貸し切りでいくらだい?」 「50元」
「冗談じゃないよ。人みてを見て値段を言えよ。それじゃあんたの1日の稼ぎよりずうっと多くなるよ」
そう言うと態度がちょっと改まって、「それじゃ30元でどうですか?」
「30元と言えば、ホテルにだって泊まれるんだよ。ちゃんと知ってるんだから…。まだまだ高いよ。5元でどうだい?」(わたしは、いつも言い値の10分の1から交渉に入っている。)
「絶対ダメです!」
「それなら。乗らないよ。もともと歩くつもりだったんだから」
「いくらならいいんですかい? ダンナ」
「10元なら乗ってやってもいいよ」
「まいったな〜。いいですよ」
「でも、あんたもわたしが乗らなきゃ客がいなくて、家に帰るところだったんだろう?」
と応ずると、思わずにやりと笑いました。
こんなやりとりで交渉成立。
すっかり交渉にも慣れてきました。
痛い目を見て成長するってことですね。
夕方のクチャへ
「クチャは1989年以来、約15年ぶりなんだよ。オート三輪に乗ってみたいだけだし、雰囲気を味わえればいいんだから…。運転手さんのおすすめのところは、どこでもいいから案内してくださいよ」
「クチャへ2度も来ている人は聞いたことがないですよ。1989年と言えば、私はまだガキのころでしたね。そんな時分から来てたんですか!?」
と言って運転手は驚いた。
おしゃべりしながら街を回った。
訊けば、やっぱりウイグル人だった。
土台にして、ウイグル人は明るくて、人懐っこいけっこういい人なのです。
だから、ウイグル人には好感を持っているのです。
クチャも大分近代化された。
回ったところを紹介します。
庫車大寺
ツアーでの見学の予定がないので入ってみました。
ミナレット(尖塔)の高さは、約20メートル、礼拝堂には2千人くらい入れるそうです。
礼拝堂
亀茲故城
先ほど見学したのですが、また案内してもらいました。別な場所で撮影
庫車王府
内部には博物館もあるとのことですが、時間がないのでやめました。
清代の城壁跡
バザール
昨日見物しましたが、また行ってみました。(←もっと見たい人はクリック)
いつ行っても楽しいのです。
夕方ですがまだまだにぎわっていました。
商品はロバ車で運搬してきます。
大きなナン
「はい、夕飯にしてよ」と言って、運転手さんにナンを3枚プレゼントしました。
ホテルまで送ってもらって今日の行動は終わりました。
塩水渓谷、キジル千仏洞、クズルガハ烽火台、亀茲故城、朝夕の散策――と、 今日も、とても充実していました。 |
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