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こんなに感動したのは初めてでした。自分の中で眠っていた感動する心が強く呼び覚まされたような気がしました。
ここまで一挙に話して、Y君は「ふうー」っと一息入れた。
本当に良かったね。きっと君の一生はこれをきっかけで変わってゆくこと間違いないですよ――。
ところで焼山寺越えを終わっての感想はどうですか?
ズバリ言うとやっぱり厳しかったですね。もう死ぬ思いでした。山を登っている時には、二度とこんなことはしたくない。Sさんにだまされたと思いました。憎らしくなりました。
そう話すY君の顔は笑いいっぱいだった。
だけど、ぶら下がっている札の励ましの言葉だとか、追い抜いて行くお遍路さんに励まされながらどうにか歩き切りました。あなたがきちんと厳しいことを話してくれたし、乗り切ったら自信になると話してくれたから上り切れたと思うんです。確かにあなたの言うとおりでした。
人生を迷う一人の青年の役に立てたと思うと、心から嬉しくなった。しかし、今スタート台に立ったばかりだ。これからが本番だ。頑張ってほしいという気持ちだった。
焼山寺を下り終えた翌日、十三番大日寺へ向かう途中の道は幸福感に満ちていました。〈ほんとうに自分は生きていてよかった〉と、つくづく感じましたね。周りの草花や木々が実に生き生きして見えました。いとおしささえも感じました。
太陽も僕を祝福しているようです。希望の光がさしているように感じましたた。あれこそ幸せというやつですね。
すべての呪縛から解放されたような快感を十分に味わっていました。
大日寺付近の家の庭に爛漫の桜が咲いていました。
そうそう、私も見ましたよ。
あれはすごかったですね。やっぱりあなたも注目したんですね。自然に「すごい」という言葉が出ました。
「それで!?」
周辺の桜はほとんどが散りかけているのに、この桜だけは「最後の姿を見てほしい」と精一杯の力を振り絞って耐えているように見えたんです。まるで僕に観てもらうのを待っていたように思えました。
この青年は自分中心のものの見方だが、感性がすごいと思った。
〈この桜は今日のうちに潔くみごとに散りつくすだろう〉と直感的に思ったんです。
実は私もそう感じたんですよ。君とわたしは似たところがあるな。前世では親子だったのかもしれないな〜。
僕にはすごくかわいがっていた犬がいたんです。富士山の「富士」と言いました。その犬が中学三年のとき死んだんです。その桜と富士の死が重なったのです。富士は死ぬ前日から餌もまったく食べなくなって、目をとじて体を横たえているだけでした。学校へ行っても気になってしかたがありませんでした。学校から急いで帰って様子を見に行くと、一瞬首をモコッともたげたんですよ。僕を見た途端、安心したように息を引き取ったんです。きっと僕を待っていてくれたんですよね。すごく悲しくて、ウォン、ウォン声を上げて泣きました。富士がもっと生きていていれば高校生の時に不登校にならなかったかもしれませんね。
「君の言う通りかもしれないね」
この爛漫の桜は僕の心に「命の愛おしさ」というか大切さを感じさせてくれました。
私もそう思うなぁ
死ななくてよかった。死んだら、僕が帰るまで待っていてくれた富士に申し訳ないと、今はつくづく思います。
絶対そうですよ。
僕はもう二度とSさんとは会えないだろうと思っていたのです。それが偶然にもここでで再会したんですよね。その時には思わず涙が出そうでした。
いやいや、まさに泣いていたよ。
よくよく僕とあなたはお風呂で縁が深いんですね。
私は「水運が強い」んですよ。きっと。
え〜、それってなんですか!? よかったら教えてください!
(続 く)
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2013年07月19日
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