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Y君! 君はここまで来る間にたくさんの人励まされたり、親切にしてもらったりしたと思うんだけれど、逆に嫌な思いをしたことだってあると思うんだよね。何かなかった?
はい、ありました。ありました。
遍路二日目のことです。僕は四番大日寺からもと来た道を少し戻るようにして五番地蔵寺に向かって歩いていました。
4番大日寺山門
4番大日寺から5番地蔵寺へ
5番地蔵寺 山門 よく晴れていてとてもいい気持でした。みなさんが親切にしてくれるし、遍路もまんざらでもないなと、少し思い始めていました。そして、ちょっぴり自由な気分を味わいながら歩いていました。
うん、家の中で引きこもっているよりはずっと良かったでしょう?
そう思いながら歩いていくと、遠くから自転車を引いた中年のおじさんがやって来たのです。
僕は、〈なぜ乗らないのだろう?〉と、少し不思議に思いました。近づいたとき「こんにちは」と初めて自分から声をかけてみたんです。すごく勇気が必要でした。だけど、おじさんは顔をそむけるようにして、無言ですれ違って行ってしまいました。
すごくショックでした。僕が初めて自分から声をかけたのに…。やっぱり
遍路なんかに来るんじゃなかったと思いました。
私は、やはりY君は甘いな〜と思ったが、何も言わずうなずきながら聞くことにし
た。
せっかく、遍路も悪くないな~とちょっぴり思いはじめた時に何だか水を差
されたような気がしました。いい気分がいっぺんに吹き飛んでしまいまし
た。 昨日から、道行く人がみな好意的に挨拶してくれたのに、あのおじさ
んはちょっと変わってるなと思いました。あなたもそう思いませんか?
わたしはその質問に、待ってましたとばかりに応じた。
「それは君の自分中心なものの考え方だと思いますね」とズバリと言っ
た。その表情を見て彼は少したじろいだように見えた。
「遍路に対して誰もが好意的とは限らない」―― この当然とも言える現実を
彼に知らせなければならないと思った。
私にも君のような経験がたくさんあるよ。
具体的な話をする前に、まず、われわれ遍路が意識しなければならないこ
とを話しますよ。
今の時代の歩き遍路は、昔の遍路とは全く違うわけです。昔は重い事情を抱
えた人や不治の病の人か、苦しい修行か供養の人が主に遍路していたわけで
す。そのことは君も知っての通りです。
現代の歩き遍路は――仮にいろいろな事情を抱えているにしろ――それが出来
る人は、金銭的にも、時間的にも、健康的にも恵まれているし、家族の理解
だってあると言っていいでしょう。
したくても出来ない人も少なくないのです。むしろそういう人の方が多い
んじゃないかな。そこを意識して、謙虚な姿勢で四国を巡らせて頂かなけれ
ばならないと思いますよ。
なるほど、そう言われればそうかもしれませんね。僕にとってはあまり気
乗りがしないことでも、他の人にとって見ると贅沢な存在だと映るかもしれ
ませんね。
君は理解が早いですね。歩き遍路は、わたしも含めてかなり恵まれたぜい
たくな行為だと思っています。
お遍路に来ると、我々ふつう人がとたんに、「お遍路さん」と敬意と親し
みを持って呼ばれるわけです。土地の人びとは「お遍路さん」に対しては、
とてもやさしく接してくれます。それは君も十分経験したでしょう!?
Y君は、こくんと頭を下げた。
「お接待」という、すばらしい伝統がいまなお息づいているからに他あり
ません。とてもありがたいことですよね。
わたしにも苦い思い出があります。初めて遍路した20歳の学生の時で
す。今から50年ほど前のことです。思えば、今の君よりも若かったんです
ね。
生まれて初めて杖を持って民宿から1番札所へ歩き出した途端、60過ぎのお
ばあちゃん―― 20歳当時の私にはそう見えたんですよ―― に深々と頭を下げ
られた時にはびっくりしました。1番札所から歩き出すと、畑仕事をしている
おじいちゃんとおばあちゃんが、遠くから丁寧に頭を下げてくれるんです
よ。もっとびっくりしましたね。こういうことが頻繁だったのです。
きっと知らないうちに「お遍路さん」という特権意識を持ったと思いま
す。ところが、3日目に、その意識がものの見事に打ち壊されたんです。吉野
川の河川敷の畑地帯を歩いていた時のことです。こちらから「こんにちは」
と声をかけると、一瞬こちらに顔を向けて、不機嫌そうに「すねかじりの学
生の身分で遍路かね!?」と言って、すぐに顔をそむけたんだよね。わたし
は、心の中では、アルバイトで貯めたお金で来ているのに思ったけど、いつ
も四国では優しくしてもらっているので、そのことを言えなかったんだよ
ね。君と同じで、すごくショックだったよ。
だけど、そのあとに、君とわたしとで決定的な違いがあるんだょね。どう
いうところだと思う?
?… Y君は少し考えていたようだが、応答はなかった。
君はおじさんを変わった人だと思ったよね。わたしはそうは思わなかった
よ。逆に自分を責める気持ちになっていたことですよ。私は初めて思い知ら
されたような気分になったのです。お遍路さんの特権意識に乗っかって天狗
になっていた自分にはっと気づいたんですよ。
このことに早く気付かせてもらうよい機会になったと、後になってそのお
じさんに逆に感謝しましたね。何か不都合なことがあった時、多かれ少なか
れ必ず自分にも問題がある、ではなくて「自分に問題がある」と考えれば、
とても気分的に楽だし、すなおに反省出来ますよ。相手を恨むこともないし
ね。 これは、長い人生の中で得た私の財産ですね。これだとストレス
も少ないですね。 (続 く)
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2013年07月28日
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