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中唐から晩唐の仏教美術
私の一番好きな涅槃像 玄宗皇帝と楊貴妃の末期に起こった安史の乱で衰退した唐は、中央アジアだけでなくらず西域すらも保持することが難しくなり、国境は次第に縮小して世界帝国たる力を失っていきました。
そのころはチベット族の吐蕃が敦煌を支配しましたが、莫高窟の美術は盛唐の様式を継承し、塑像は官能性を増して女性のような艶やかさをおびて来ました。この傾向は晩唐になると形骸化してゆき、量感も乏しくなって、彫刻としての精神性は後退してゆくように思われます。
中唐期には、当時の流行を反映して巨大な涅槃像も造られました。 第158窟 涅槃像 中唐(8世紀) 涅槃像は全長15mで、頭部だけでも3.5mもありました。
背後の壁面には諸菩薩や慟哭する仏弟子などが描かれています。炳霊寺や張掖でも同じ感じでした。
お釈迦様の表情はほれぼれするほどきれいでした。右の方に横になり、微笑を帯び、自然で、超然としておられます。まさに、仏教に書かれた「寂滅を楽とす」という涅槃的境地そのものでした。
思わずうっとりとしばらく立ち尽くしていました。この穏やかさに心から癒されました。いつまでもそばにいたい心境でした。
仏経によりますと、お釈迦様は「するとその夜、右の方に横になり、静に大寂になった」といわれています。このシルクロード旅行で、大きな涅槃仏を、記憶に残るだけでも三度(炳霊寺、張掖 下線文字をクリック)見ました。やはり、どの涅槃仏も右の方に横になっていました。ただ「きれいさ」では、この涅槃仏が一番だと感じました。
第159窟 迦葉と菩薩 中唐(8世紀)
中唐の塑像や壁画には艶かしいものが多いのですが、この塑像はその典型例しょう。 迦葉は謹厳な性格を映し出したような表情や衣装の塑像が大多数ですが、この塑像では、白く長いスカートに彩色の精微な葉の模様が描かれていて、右肩が裸で、ほほえんでいます。
菩薩も顔立ちも衣装も、姿態もどこか艶かしい感じがします。
中唐と晩唐の壁画は、盛唐に引き続いて経変図が流行しましたが、その種類も増えて、大画面にいくつもの経変図が描かれるようになりました。
第156窟 張議潮出行図 晩唐(9世紀) ↓
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2014年02月16日
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葛西選手 あっぱれ アラフォーの星
ソチ五輪のジャンプ男子ラージヒルで41歳の葛西紀明選手が2位に入り、個人では初の銀メダルを獲得しました。
1994年リレハンメル大会の団体以来、20年ぶり2個目の銀メダルとなった。写真は金メダルの(左、ポーランド)と抱き合う葛西(2014年02月15日) 【時事通信社】
葛西選手は、1回目139mの最長不倒距離で僅差の2位
2回目葛西選手がジャンプ台に立った時、期待でドキドキした
41歳の葛西選手の夢をかなえさせてやりたかった
中高年にチャレンジの勇気も与えてほしい
「頼むぞ葛西!がんばってくれ」と、思わず手を合わせた
順調な滑走
いよいよ踏切 「それ行け 葛西!」と 拳を握る
飛行中、解説者が「いい姿勢です」とやや興奮気味に言う
自分の心の中にも期待がこもる
着地 ちょっと立ち気味だが まずまずのテレマーク
仲間が駆け寄って 祝福する
これはいいジャンプだったのだと 私もハイの気持ちになる
暫定1位 金メダルへの期待が高まる
あと一人 だが最終滑走者は1回目トップのカミル・ストフだ
まだ安心できない
狭い了見と笑われそうだが……あまり伸びないでくれと思った
着地 着地点は葛西より少し手前
もしかして金メダル!?
それでも飛形点が問題だ
不安と期待が交錯する
葛西選手や日本選手にも喜びの顔は見えない
彼らも判定が不安なのだろう
結果発表 やっぱり不安な予想が当たった
葛西選手の顔が映された
太ももをたたいてちょっと顔をしかめた
金メダルだったらもっとよかったんですがね…
という顔がすぐに満足の笑顔に変わった
見ているわたしもつられて笑顔に変わった
インタビューで彼は、
「金メダルを取って、本当にレジェンドと呼ばれたかったのですが、また目標 ができました。まだまだ金メダルを目指してがんばります」
と、晴れ晴れと語った
なんという前向きな男だろう
中高年に夢を与えてくれた
よくやった ありがとう!!
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