東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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【ハード面の復興からソフト重視へー
復興はハードとソフト両輪で進めるべきだが、ソフト面が手薄だー  
 「被災者の心を重点にシフト転換すべき時。】

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東日本大震災の発生後、避難所や仮設住宅で体調を崩すなどして死亡した「震災関連死」の数が岩手、宮城、福島の3県で2900人を超えた。
 震災関連死は2月末現在、東京電力福島第1原発事故の影響で住民避難が続く福島の人数が突出。福島県のまとめでは2月26日現在で1664人に達し、地震や津波による直接死(1603人)を上回っている。

岩手が434人、宮城879人。福島の原発周辺市町村を中心に、震災から3年以上たつ今もその認定申請が続いている。
 時間の経過とともに、関連死認定が難しくなっている課題も浮かぶ。「生活がようやく落ち着き、遺族が申請できるようになった」ため、震災直後などに死亡したケースの申請もある。しかし、被災直後の行動に関する遺族の記憶が薄れたり、必要書類を紛失したりして「申請を断念する例もある」という。
 
3県の担当者は「無制限に何でも認定するというわけにはいかない。死亡時期が古くなればなるほど震災との因果関係の立証は難しくなってくる」と話している。

震災関連死と復興の進み具合との関連がある。目にみえない被災地ほど関連死は多くなる傾向にある。
福島を除く、津波被災した岩手・宮城でも同じ事が言える。地域によって大きな復興の格差がその数字に現れている。


一昨日、安倍首相が視察にきました。
 僕の地元の岩手県北地域(岩泉、田野畑村、普代村、野田村、久慈市)ですが、実はここは宮古市より南の地域から見れば復興がかなり進んでいる方なんです。

あの時、僕は「復興が進んでいない所こそをを視察して欲しい」と思った。
なにしろ、宮古市より南の地域、高台移転の用地取得もできすに、小さな集落を除いて、ほとんどが工事着工していない実態であるのです。

このような工事の格差がある中で、共通してるのは雇用は無く、生業(なりわい)も軌道にのっていないことでなんです。 
実は、被災者が経済的に追い詰められていて、心の萎縮、不安はそこにあると思われます。

被災者が経済的に追い詰められている大事な課題を地元マスメディアも報じていません。

 これから、どうやって生きていくか不安と焦りは増すばかりで、不安定な精神状態になる。また、個人的な格差も生まれています。
だから、意味にない時間の経過と共に、孤独死や自殺を含む関連死が増えるのは容易に推測できるのです。

まだまだ復興も先は長い
この先何年になるか想像もつかない現実を直視して、政府も被災した自治体行政も、柔軟に発想の転換をすべきだ。

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イメージ 4復興は、ハード面とソフト面の両輪で進めるのが理想ですが、これまで、ハード重視で来たものを今はソフト重視にスフと転換すべきです。
 現実的に、このような被災者のおかれてる状況に緊急避難的でいいから、生活や経済的に疲れきっている被災者の心に転換すべき時点ではないのかと思います。

確かに、高台移転や復興住宅などハード面の復興ができて、復興を実感出来て初めてソフト面の「被災者の心」は和らぐ側面はあります。
 自宅を失った避難者のために建てられている災害公営住宅の完成件数を見てみると、今年2月末の時点で、約3万戸の計画のうち、完成しているのは、わずか1000戸ほど、全体の3%だけなんです。
 
震災から4年目にはいり、目にみえない被災地の現場を毎日眺めてる中で、逆に被災者は復興に実感を持てずにさらに不安と焦りは増すばかりで、経済的にも個人格差が生まれている現実なんです。


NHKが今年1月に実施した被災者を対象にしたアンケートによると、全体の88%もの人たちが、今も自分のことを「被災者だと意識している」と回答した。
そして、アンケートに回答を寄せてくれた人たちの声を聴くために何人かを尋ねた。
 
そのうちの1人、自宅を津波で流された上に親戚を11人も亡くし、今は仮設住宅で1人暮らしを続けている岩手県陸前高田市の女性は、次のように話しています。
 「日常生活をありったけ我慢している状態ですから、自分が被災者ではないとは言えません。
 自宅を再建する高台移転工事は始まらずず、災害公営住宅は希望しても、いつ入居できるか分かりません。
 帰ってきて仮設住宅に入ってくる瞬間、これがわが家なんだと思うと情けなります。震災から3年も経ったのに、これがわが家かと思うと辛くなります。
  それに、雇用の場もなく仕事が見つからず、生活費は預金をとりくずそてやって来ましたが、もう底を付きます。不安でたまらないのです。」

宮城県気仙沼市の仮設住宅で一人暮らしをしている高齢の女性は、次のように話していました。
 「災害公営住宅が明日できるから引っ越せる、ということならいいんですけど、この先、完成するまでにあと4年も掛かると言われています。
  4年も掛かるのでは、お金ももうありませんし、それまで私の命が持つかどうか分かりません。不安だらけで生活するのはもう限界です。」


このような、証言からも分かるように、今現在の実態は、震災から4年目にはいり、目にみえない被災地の現場を毎日眺めてる中で、逆に被災者は復興に実感を持てずにさらに不安と焦りは増している。という現実です。

今現在、重要なコト、政策は、被災者である人に重点を置くべきです。
被災者の心が和らぐ、経済的な支援策とソフト面を重視した事業展開に舵を切るべき時だと思う。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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 紀元前146年にカルタゴが滅亡してのち、北アフリカは永くローマ帝国の支配を受け,、7世紀以後はイスラム勢力下にはいりましたので、ともにシルクロード文明の影響を随所で受けています。そういう意味でチュニジアはシルクロード文明圏と言ってよいかもしれません。
 近代に入って、1881年-1956年、チュニジアはフランス保護領になっていましたので、フランス系の美人が多いわけです。
 本日の美人はとてもフラン的、知的で洗練されていますよね〜。
 
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故郷の惨状に心痛めながら仙台の我が家へ徒歩で向かう 我が家への徒歩で向かう
   17日朝6時、50キロ以上ある仙台の我家を目指して徒歩で出発した。義妹は最後の米で大きなおにぎりを2個握ってくれた。「みんなが食べる分がなくなるから小さいの1つでいいよ」と言うと、「被災しない農家に行って譲ってもらうから大丈夫」と言って無理に持たせてくれた。
弟は、「送れなくて申し訳ないな」と、すごく気の毒そうな顔で言った。本人と息子の車、そして仕事用の車2台、合わせて4台すべてが津波でやられたのだった。
 こんな惨状の中、復旧の手伝いもしないで、しかもなけなしの米を全部おにぎりに使わせてしまったことにものすごいすまなさを感じた。
 
 出発する時には、みんなで見送ってくれた。なんだか昔の旅人のような心境だった。現代の普通の生活の中では経験しなくなった濃密な人と人とのつながりが色々な場面で作り出されていたんだな〜と、今になって改めて感じるのである。
 
 50キロという距離は私にとっては恐ろしい距離ではない。四国遍路では1日平均30キロ以上歩いていたし、40数キロの経験もあったからだ。
 
 
 実家の前の通りに出ると、松島基地との間の田畑はまだ冠水しているのがすぐに目に入った。基地から流されてきたドラム缶がむごたらしく散乱していた。思わず深いため息が出た。
 
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自分は歩けるだけでも幸せ
 数百メートルほど歩いて国道45号線に出た。
 国道の両側の田畑はまだ水が引かず、路面近くまで冠水している。まるで湖か大きな沼の中を道が走っているようだ。海側の農業地帯に住んでいた従弟は建築して2年にもならない家と広いビニールハウスがすべて流されたという。こうした光景を見ると津波の厳しさをつくづく認識せざるを得ない。
 
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 自分は命が助って二本の足で歩いていられるだけでも幸せだと思った。歩きは生きている証なのだ。
 
 実は、45号線に出た当初は、ヒッチハイクも考えていた。しかし、車自体がめったに走っていない。自動車がかなり流されたし、残っていても塩水のためエンジンがかからなかったり、ガソリンンもほとんど手に入らなくなっていたのだから当然のことだ。たまに来た車は手を挙げても停車してくれなかった。それもそのはず、相乗りしているので、どの車も満車だった。3台手を挙げただけで観念して、歩き通す覚悟を固めた。
 
45号線と並行して走るJR仙石線は、大量のがれきやへどろや車で蓋われ、線路があちこちでねじ曲げられている。
 
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鹿妻駅付近におかれているブルーインパルスは、高く掲げられているので流出を免れていた。ブルーインパルスは航空自衛隊松島基地のシンボル的存在だったものである。若い頃帰省した折に、「航空祭」でアクロバット飛行を繰り広げる雄姿に心ときめかせてせていたものだ。
 
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鳴瀬川に近い陸前小野駅はプラットホームまで家の屋根やがれきで埋め尽くされていた。
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鳴瀬川沿いにある小野地区では、津波が堤防を越して町内に入り込み、2階などに避難した人々が自衛隊のボートで救助されたという。鳴瀬大橋から堤防付近の新しい住宅地を見ると、いまだに冠水していた。
 
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水没している小野地区の新興住宅地  鳴瀬大橋より
 
 この状態を見た時、海岸の野蒜・東名地区の惨状は当然予想できた。故郷の被害状況を記録に収めるのが当然の義務だと感じた。橋を渡り切って右折するのが通常ルートであるが、あえて左折して海岸方面に向かった。
 
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