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我々は完全に退路が絶たれた状態でひたすら上った。途中で小さな余震が何度も起こり、そのたびごとに岩や石が落ちてくる。再び大きな地震が起これば、まちがいなく岩の下敷きになるか海へ転落するだろう――そう思うと生きた心地がしない。神に祈る気持で上り続けた。
右側の崖からの落石をかわし、海に転落しないように注意しつつ、倒れた木や岩を乗り越えてひたすら上った。途中で何度も余震が起こり、そのたびに岩がごろごろ落ちてくる。
私自身はこれまで、生活や旅の中で死と向き合うような危険に四度遭遇している。そのため比較的冷静だった。このような歴史的大地震の実態を記録に残しておかなければならない―― これが現場に遭遇した者の使命だという意識が働き、危険を冒しながらも頻繁にシャッターを押した。
このような精神になったきっかけは、1985年(昭和60年)8月12日に、東京(羽田)発大阪(伊丹)行同社定期123便ボーイング747SR-46(ジャンボジェット、機体記号JA8119)が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落した航空事故である。
この時、乗客の中のあるお父さんが最期を覚悟し、不安定な機体の中で懸命に家族への遺書を書き残したということが報道された。このことが私の心に強く残った。その後、2008年シルクロードを旅していた時にゴビ砂漠で砂嵐に遭遇した時に、どうせ死ぬならば記録を残そうとして写真を撮り続けた。
撮影のお陰で命拾いした瞬間があった。振り返りながら後方を撮影し、再び前方に向き直った瞬間、前方10m程に亘って大岩が落下してきた。思わず体は硬直し、目は見開いたままだった。撮影せずに歩いていたら確実に直撃されていたにちがいない。数えてみるとその数7個、私の直前に落ちた岩は直径2mもある大物だった。これが二度目の命拾いだった。
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2014年11月30日
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