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私のこの活動への直接的な動機は、身内を亡くした人々が強い悲しみの中でひたすら祈る姿でした。
震災から4日後の鮎川浜の夕暮れ、少し離れた水辺付近で、小さな女の子と母親がしゃがみこんで、一輪の野の花を二人で持って丁寧にていねいに砂浜に手向け、ひたすら祈り始めました。その姿を見たとたん、強い思いが噴き出すように沸き上がり、はばからず号泣してしまいました。そして、“祈りの場があったらいいのになあ”と心から思いました。身内を亡くした人々のために祈りの場を創ろうと思い立ったのはまさにこの時でした。さらにその後、鮎川の避難所で続々と犠牲者が増えてくる情報をラジオを通して耳にし、避難所に犠牲者のご遺体が運び込まれる現実を目の当たりにしてその思いがさらに強まりました。
そして、「地震後すぐ逃げさえすれば、2万人近くの人々が命を落とすことはなかったはずだ」と、悔しくてしかたがありませんでした。
今なお思い出すたびに悔しくて仕方がありません。
津波の教訓を絶対伝えなければなりません。
そんな気持ちを強く持ちながら活動を続けています。
ですから、我々の活動の主旨は次の2つです。
・東日本大震災犠牲者を悼み、自らも癒される場、心の拠り所とな
る祈り場を創設する
・東日本大震災の記憶と教訓を末永く伝承する。
さらに、活動をを続ける中で、単に伝えるだけでは十分ではない。積極的に防災精神を啓発しなければならないと考えるようになりました。こうして活動がどんどん進化して広がっていきました。(次回に続く)
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2015年12月28日
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