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東日本大震災の記憶と教訓を伝えたい
東日本大震災では多くの尊い命や財産が奪われた。さらに原発事故という未曾有の事態が発生し、その影響が今なお東北全体に及んでいる。すぐさま避難さえすれば二万人近くもの人が命を落とすことはなかったはずである。震災後多くの人々から生き残った体験談をお聞きするにつけ、未だに悔しい思いがする。甚大な犠牲の中から得られた貴重な教訓を後世に伝えてえていくことは、現在を生きる我々の使命であるという思いを深くしている。
この「生かされた命」を被災者や復興のため役立てようと考え、それ以後ボランティアや犠牲者追悼のために頻繁に被災地を訪れている。 そのたびに、身内や知人を亡くした人々が身近な場所に「祈りの場・心癒される場」を望んでいることを実感させられている。
祈りの場を願っているのは、津波被災地のみではない。原発事故で多くの人々が愛しいふるさとを追われ、祈りの場を失った。内陸部や秋田県・山形県の人々も、近くに慰霊の場があればぜひ祈りたいと望んでいる。いろいろな自然災害で亡くなった方々も含めた慰霊の場を望む声もあった。東北以外から訪れた多くの観光客に質問したところ、たくさんの人が集まる有名な場所や寺院にこそ慰霊の場が必要であると答えた。祈るこという真摯な行為とメモリアルモニュメントを通して、災害の記憶や教訓を広く伝えてゆくことは非常に有効だと考えている。
私は1995年の阪神・淡路大震災から間もない頃に四国遍路をした。その時、大震災で身内を亡くしたたくさんの方々が遍路に来ていた。その人々は供養もさることながら、むしろ自らの心の痛みを癒すためにやってきたと語った。
孫は遍路5日目に、初めはおじいちゃんに言われたのでただ拝んでいたが、次第に自分と同じ年齢の子供たちが犠牲になったことがとてもかわいそうになって、その子たちのために拝んでいると、自分の心がとても癒されたと語った。私はその言葉を聞いて思わず目頭が熱くなった。強く説得して連れて来た甲斐があったと感じた。
四国の人を始め多くの方々から「東北に追悼の場をぜひ作ってあげてください」と強い励ましを受けた。
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2015年09月28日
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