はてしなくひろがるロマン 〜熱烈な恋人・小説『敦煌』
数多く読んだ井上文学の中で最もロマンを与えてくれたのは、『敦煌』であることはまちがいない。
恋愛に例えるなら、『楼蘭』が幼い頃のせつない初恋だとすれば、『敦煌』はいくらか恋の味を知った少年の燃えるような恋だ。
「西域」へロマンを馳せるきっかけを与えてくれたのが、中学時代に読んだ『楼蘭』ならば、ロマンをはてしなく広げてくれたのが『敦煌』だった。
私が『敦煌』を読んだのは、高校1年生の時。
私は中学生の時から自由日記を書いていた。幸いにも全て保存しておいた。『敦煌』を読み終えた日の日記には、こんな感想が書いてある。
――『敦煌』を読み終えた。『楼蘭』に続く井上靖のシルクロード小説2冊目だ。
時代背景が、『楼蘭』が紀元前の前漢なのに、『敦煌』はかなり後の11世紀・宋の時代だ。
舞台は、僕が名前しか知らない余りなじみもない「西夏」だ。まるで時間が飛び跳ねてしまったようだし、なじみのない土地に放り出された感じだった。未知の世界へ急に入り込むのもいいか…と思うが、歴史好きの僕はついつい、知らないことを調べてしまう。
まず、舞台の敦煌だ。小百科辞典(1954平凡社)で「敦煌」と「敦煌莫千仏洞」を引いてみるとこう書いてあった。
「敦煌」 別名、沙州。古来中国西北角の交通要衝。西の玉門関・陽関もと東西交通の2大門関。東南の鳴沙山千仏洞(莫高窟)は仏教史上の世界的遺跡。美術・古文書の宝庫。
人民政府敦煌芸術研究所あり。
沙州市場入口 町外れより鳴沙山を臨む
敦煌の朝 (いずれも2004年)
「敦煌莫高窟」 敦煌南方の石窟寺院。石窟群約300。353来開鑿(*かいさく:土地を切り開いて道路や運河などを通すこと)13世紀まで継続。六朝〜隋・唐代が盛。本生譚や浄土変相の壁画・塑像を雄姿、貴重な仏教芸術の遺跡。初期のものはガンダーラ末期の様式を示す。
世界史地図を見ると、敦煌は楼蘭と同じ時代には既に存在していた。
敦煌はその間にどういう運命を辿ったのだろう…、西域は、そしてシルクロード様子はどう変ったのだろう…、きっといろいろな歴史が展開されたんだろうな……。僕のロマンは時を超え、果てしない空間を越えてぐんぐんと広がっていった。
人間の運命というものの不思議さを感じた。井上靖の想像力、表現力の豊かさに脱帽した。もっと井上靖のいろいろな本が読みたくなった。
この日記を読んで、“高校時代にしては、よく調べているし、けっこう書けているなあ”と、我ながらちょっと感心した。
『憧れのシルクロード 〜熱き想いの2万キロ〜』をブログで発信してゆく前に、ぜひ、この燃えるような想いをもう一度蘇らせてみたくなった。
その燃える想いで、西安から西へ、西へ…、時の空間を現代といにしえを自由に行き来しながら書き進めてみたい――強く思った。だからもう一度、恋人『敦煌』に逢ってみたくなった。高校時代に読んだ本があるのに、ごていねいにもわざわざアマゾンから取り寄せた。
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読むむチャンスはいくらでもあった。しかし、大切な恋の思い出を大切に取っておきたかったので、あえて封印しておいたのだ。思えば、今までたくさんの井上文学に接してきた。その中には『敦煌』よりもすばらしい作品も思えるようなものはあった。だが、「出会いの妙」という奴だろうか……、絶妙のタイミングで出会った『敦煌』が、やはり、わたしにとって永遠の恋人なのである。
届いた本の表紙カバーのデザインは、私が持っているちょうど50年前のものとはやはり変っていた。だが、内容書きは、胸ときめかせて読んだ高校時代の本とまったく同じだった。懐かしく口ずさみながら読み上げた。
――官吏任用試験に失敗した趙行徳は、開封の町で、全裸の西夏の女が売りに出されているのを救ってやった。そのとき彼女は趙に一枚の小さな布切れを与えたが、そこに記された異様な形の文字は彼の運命を帰ることになる……。西夏との戦いによって敦煌が滅びるが、滅びる時に洞窟に隠された万巻の経典が、二十世紀になってはじめて陽の目をみたという史実をもとに描く壮大な歴史ロマン。
新しい恋人に出会うつもりで、ページをめくり始めた。
(続 く)
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