東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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2016年02月

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心ふるえた小説『楼蘭』
 

私が、シルクロード小説に始めて出会ったのは、中学生の頃だった。それは、井上靖作『楼蘭』である。実は読んだのではなく、耳で聴いたのだ。その頃私は、NHKラジオ「朗読の時間」を楽しみにして聴いていた。

 この作品が朗読された初日――『楼蘭』という耳慣れない題目を聞いた一瞬、<なんだこりゃ〜>と思った、そして井上靖という著者の名前を聞いて、正直いうと、興味はさらに遠のいて行った。どちらも初耳だった。何せ中学時代のこと、夏目漱石や芥川龍之介といった文豪の名作を期待していたのだ。
 
 ところが、出だしの「往古、西域に楼蘭と呼ぶ小さな国があった」という文が読み上げられたとたん――、失望は期待に変った。「西域」という言葉は私の、憧れの言葉だからだ。胸がジンジン高鳴った。「楼蘭」ってどんな所だろう――想いは遥か…まだ見ぬ楼蘭に飛んでいた。


「楼蘭が東洋史上にその名を現してくるのは紀元前百二、三十年頃、(前漢の時代)で、その名を史上から消してしまうのは同じく紀元前七十七年であるから、わずか五十年程の短い期間、この楼蘭国は東洋の歴史の上に存在していたことになる。いまから二千年前のことである」…朗読は続いた。ここまで来ると完全に興味が引き込まれてしまった。第1回目の朗読が終わると、次回が楽しみになった。
 
 漢と匈奴という強国に挟まれた弱小国「楼蘭」は、匈奴の掠略から逃れるために住み慣れたロブノール(ロブ湖)湖畔の土地を捨てて鄯善に移り住む。その人々にとってロブノール湖畔の故地「楼蘭」は、いつかは帰るべき場所だった。しかし、その数百年後、楼蘭を取り戻そうとした鄯善の若い武将が湖畔に立つが、楼蘭も湖も…、そこはすでに砂の中に埋もれてしまっていた。得も言わず哀愁に満ちた語り口調と音楽が心に染みた。だが私の想像の目には、青々としたロブノールと、オアシスの中に光り輝やいて建つ楼蘭の都がはっきりと見えた。センチメンタルな気分が夜寝るまで続いていた。
 
 翌日の放課後、さっそく電車に飛び乗って書店へ出かけ、『楼蘭』を買い求めた。当時の本は講談社発行のものだった。世界史地図帳と年表まで買って、傍らに置いて小説に出てくる西域の小国の位置を確認しながら夢中で読んだ。

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世界史年表・地図(吉川弘文館)
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イメージ 3 西域が中国にとっても北方民族にとっても重要な地域であったこと、西域諸国はこれら二大勢力に挟まれて常に翻弄され続けて哀しい運命を辿ったこと、それでも尚且つ西域諸国の人々は自国に誇りを持ち続けたことが、生き生きと伝わってきた。自分も完全にその中に入り込んでいた。小国の悲哀とそれにも関わらず抱き続ける自尊心には深い感銘を受けた。この小説は60ページの小品ではあるが、中学生のわたしでも、何か非常に深い人生や歴史が刻み込まれているような気がした。これから歳を重ね、人生経験を積んで読むとまた新たな発見があるのではないか……そんな期待を抱かせてくれた。成人になってから2冊目(新潮文庫)を買って、その後さらに二度読んだ。
 
 この小説『楼蘭』は、ロブ湖畔で若い女のミイラ――後に私はこの美しい女性
のミイメージ 4イラとウルムチの博物館で待ち焦がれた対面を果たしたのだが――を掘り出したスウェーデンの探検家、ヘディンの『彷徨える湖』を題材にしている。ヘディンは、ロブ湖は1500年周期で彷徨っていると推定している。
 この短篇は五部からなる。一部では漢と匈奴に挟まれて両国からの圧力を受ける楼蘭の状況を、二部では匈奴の攻撃を避けるために楼蘭を後にする楼蘭人の姿を、三部では主人を失った楼蘭の荒れ果てた姿を、四部では四世紀後半に楼蘭を奪回しようとする若き楼蘭人の指導者の姿と楼蘭の消滅を、五部では20世紀初めのスウェーデンの探検家スウェン・ヘディンによる楼蘭発見を描いている。


 『楼蘭』は不思議な小説である。西域に実在した楼蘭を描いた歴史小説なのだが、主人公が登場しないし、台詞もほとんどない。敢えて主人公を挙げれば、それは人物ではなく、楼蘭であり、楼蘭の象徴とも言うべきロブノールであり、その守り神である河竜なのである。だが主人公が登場しないことで、特に違和感を感じさせない。かえって、短篇でありながら大河小説のような雄大さを感じさせる。優れた構成力を感じさせる。

 楼蘭とロプノールに関する文献は少なくない。最古のものは、漢代の『史記』(匈奴列伝など)であり、その後の『漢書』にも記載されている。三十代に、これらは日本語版で読んだ。これらに興味深かったが、やはり私にとっては、19世紀末から20世紀初頭にかけての、外国隊の中央アジア探検記の方が馴染みがあって面白かった。中でもヘディンの『彷徨える湖』が、砂漠への憧憬をより強くした。


 『楼蘭』にはまり込んだ中学時代の私は、井上靖のシルクロード関係の本を、次から次へとむさぼるようにして読んだ。皮切りは『敦煌』だった。

 高校の世界史の教諭Y先生はなかなかの実力者で、歴史好きの私には聞き応えのある授業だった。
 待ちに待った『東方見聞録』が出てきた。Y先生にいろいろと質問すると、「君はよく『東方見聞録』の中身を知っているなあ。読んだことがあるようだね」と言うので、ついそれに引きずられて「はい」と応じてしまった。そのあとで、お調子づいてつい口が滑ってしまい、「『東方見聞録』についてはオレのほうが先生よりも知っているかもしれません」と続けてしまった。一瞬,Y先生の顔がこわばった。<しまった>と思ったが,後の祭り。
 だが、さすがY先生だ。さりげなく「それじゃ次の時間には、君に『東方見聞録』の話をしてもらおう。みんなも質問したいことを準備して来いよ」と何食わぬ顔で言った。ずしりとした重いパンチだった。それを聞いたとたん、教室中に茶化すような笑いが響いた。これには思わず頭にきた。こうなったら意地でも後へは引けない。これでかえって腹が据わった。
 
 
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 実は、私がそれまでに読んだこのがあるのは、子供向けの『マルコ・ポーロの冒険』と、東方見聞録の解説書だけだった。さっそく図書館で『東方見聞録』を借りて、受験勉強をそっちのけにして必死に読んだ。皮肉なものだ。そのことが「シルクロード」への関心によけいに火をつけた。それ以後は、シルクロードに関する情報にはアンテナを張り巡らせていた。
 
 
 私が興味を持ったのは――「シルクロード」という言葉は、いったいいつごろから誰が言い出した言葉なのだろう、ということだった。今でこそシルクロードといえば、たいていの大人は、少なくても言葉は知っている。
 だが、今から60年近く前のにはシルクロードという言葉はあまり使われていなかった。聞いても「それってなに?」って感じだった。
 世界史や地理の教科書には、「『絹の道』は西域を横断する古代の東西交通路」と説明されていた。 ちょっと専門的になってしまうが…、「西域」という言葉は、 紀元前1世紀頃から中国で一般的に使われるようになったもので、狭い意味では現在の「新疆ウイグル自治区」を指し、もう少し拡げれば「西トルキスタン」――わかりやすく言うと「中央アジア」までも含むが、広い意味では、「中国から陸続きの西方の諸地域」ということで、ヨーロッパまでも含まれる。「シルクロード」は広い意味での西域を横断する古代の東西交易路である。

イメージ 1 ドイツの地理学者リヒトホーフェンがザイデンシュトラーセンSeidenstrassen(絹街道)という語を使ったのが始まりで、この道を通って、古代中国特産の絹が西へ運ばれたために名づけられた。リヒトホーフェンは、中央アジアのオアシス群を結ぶ道(オアシスルート)をシルクロードと考えていた。だが、その後、東西交易についての研究が進むと、シルクロードの概念は西へ西へと拡大して、中国の西安(= 長安 =)から西アジアを経て、イスタンブールやローマに達する交易ルート全体をさすようになった。そこには、ユーラシア北方の草原地帯を通る「ステップルート」や、中国の広州あたりから東南アジア、インド洋を経て紅海にいたる「海のシルクロード」(南海ルート)も含まれる。
 だが、わたしにとっては、子供の頃にあこがれた、マルコ・ポーロが辿った砂漠の道が「シルクロード」なのだ。キャラバンといえば、やはり砂漠の道が絵になる。

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 一般社団法人みちのく巡礼では東日本大震災震災を「千年語り継ぐ」をキャッチフレーズに、活動を継続しています。
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 口座記号番号:02210-0-114386 

口座名称:一般社団法人みちのく巡礼

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みちのく巡礼公式ホームページ:http://michinoku-junrei.info/


 




マルコ・ポーロへの憧れとシルクロードへの熱い想い1.

イメージ 1  シルクロードに興味をいだく人で「マルコ・ポーロ」の名を知らない人はいないでしょう。『東方見聞録』の中で、日本を「黄金の国・ジパング」と紹介した冒険家です。
 わたしが彼と初めて出会ったのは、小学5年生。クラス担任の先生は、わかりやすい面白い授業をする先生で、人間的にも立派で、学校中の生徒から人気があった。特に歴史が好きで、手振り身振り、ユーモアたっぷりで、社会の授業を盛り上げていました。いつもは隣とおしゃべりをしたり、おとなしいと思えば寝ている悪ガキたちも、社会の授業だけは楽しみにしていました。いつもとは打って変わって、先生のほうへ顔を向けて、たまには「はあ〜、それからどした…」などと、合いの手を打つほどの変身ぶり。

 
 先生はマルコ・ポーロの『東方見聞録』(実は、マルコ・ポーロがアジア諸国で見聞した内容口述を、ルスティケロ・ダ・ピサが採録編纂した旅行記なのです)の話になると、いつもにも増して熱が入っていました。旅の話はことさら面白くて、多少の作り話も混じっているとは思っても、ついつい引き込まれて、目を輝かせて聞いていたものです。マルコ・ポーロが東洋に夢を膨らませたように、私もシルクロードの世界に夢とロマンを広げていった。『アラビアンナイト』や『シンドバッド』、はたまた「月の砂漠をはるばると、旅のラクダがゆきました…」を思い浮かべながら、夢と想像を広げていきました。

 
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先生は、 『東方見聞録』には、「ジパング(日本)は、カタイ(中国大陸)の東の海上1500マイルに浮かぶ独立した島国で、莫大な金が採れて、宮殿や民家は黄金で出来ているなど、財宝に溢れている。人々は信心深く、仏様の崇拝者で、外見がよく、礼儀正しいが、人肉を食べる習慣がある」と紹介されていると言うのです。
 
 旅の話ならば少しくらいのウソが入っていたほうが却って面白がって聞いていたのですが、さすがに自分の国のこととなるとそうは行きません。少し抗議口調で「鎌倉時代には、ほとんどの民家が貧しかったので金なんかでできているわけはないし、宮殿だって平泉の金色堂くらいしかないんじゃないですか。それに、日本人が人食い人種だなんて、まったく面白くありません。先生はどう思うのですか?」と尋ねました。
 
 すると先生は、
「私もそう思っている。宮殿や民家は黄金でできている、というのは、中尊寺金色堂についての話を聞いたものだといわれているんだ。実際、マルコ・ポーロは日本には来たことがないので、中国で聞いた噂話として書かれているんだ。
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 ところで、『ジパング』は日本の英語名「ジャパン」(Japan)の語源になっているんだよ。当時のヨーロッパの人々も、マルコ・ポーロの言っていた日本についての内容はあまり信じなくて、彼は嘘つき呼ばわりされたそうだよ。だが『東方見聞録』は、その後多くの言語に翻訳されて、手写本としていろいろな国に広まって行ったんだ。

「東方見聞録」の黄金の国ジパングのモデル
になったといわれている中尊寺金色堂

これがアジアに関する貴重な資料として重宝されて、後の大航海時代に大きな影響を与えるようになったのです。ジパングを目指して出航し、アメリカ大陸を発見したコロンブスも、この書を手元から離さなかったそうだ。なんと366箇所も書き込があったそうだよ」と答えてくれました。
 
イメージ 3 こんなわけで、私はマルコ・ポーロに強い興味を持った。さっそく、1時間以上電車に乗って仙台の書店まで出かけました。ところが小学生の自分にとってピンと来るいいものが見つからなかったので,書店のおねえさんに「マルコ・ポーロの本を探してるんだけど」というと「あなた小学生でしょう! これがいいんじゃない」と言って『マルコ・ポーロの冒険』という少年少女向けの本を出してきてくれました。本での最初の出会いでた。
 
 ―― 1271年、イタリアのヴェネチアに暮らしていた17歳の少年マルコ・ポーロは父ニコロと叔父マテオに随行して東方へ旅立つことになる。道中でマルコは様々な体験や色々な人々との出会いと別れ、冒険を繰り返しながら成長していく。未来に向かって、理想に向かって突き進んで行くマルコ・ポーロ。未知の世界を切り開く意思の強さ、何処までも希望を捨てない精神の強さ……。感動で時には涙をためながら、一気に読みきってしまいました。
そして、「大人になったら絶対にシルクロードに行ってやる!」と決意したのでした。



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 私にはいつも強く思っていることがあります。
それは「人間は大自然に謙虚であれということです。

 東日本大震災を振り返ってみます。

 震災から七日後、私は凄惨な津波被害を目の当たりにしながら、つらい思いをこらえつつ郷里の道を歩いていた。震災当日、私は震源地に最も近い島・金華山で大地震に遭遇し、建物崩壊、崖崩れ、巨大津波の襲撃を受けながらも三度命拾いした。幸運にも翌日救出され、牡鹿半島の鮎川で五日間の避難所生活を送った後、自衛隊の救援物資輸送車で石巻まで送り届けてもらった。

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船の待合室で地震に遭遇                がけ崩れ最中に高台へ避難


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南北から押し寄せた津波が衝突して巨大化して高台を襲う  鮎川の町一面がれきに覆われていた


そこから仙台の我が家まで60数キロを二日掛かりで歩き通した。
石巻から10数キロ歩いて郷里東松島市に入り、津波被害が大きい海寄りの地域へ向かうと、大きな漁船が大量のがれきの上に乗り上げているのが目に入って来た。海から1キロ以上離れているこの地点まで流されて来るのだから、津波は本当に恐ろしいと心から思った。ここは子どものころの楽しい遊び場だ。だが、懐かしむどころではない。むなしさいっぱいでこの光景に見入っているうちに、これまで金華山、鮎川、女川、石巻、東松島で目の当たりにしてきた、忌まわしい光景が次から次へと思い浮かんで来きて急激に感情が高まってくる。〈あまりにもむごたらしい。もうこんな光景は二度と見たくない。いやだ。いやだ〉と心の底から叫んだ。その瞬間、今まで抑え込んでいた感情が叫びに押し出されるように急激に噴き出した。私は人っ子ひとりいない昔の遊び場で、がれきにも自分にもはばからず思いきり泣いた。懐かしさが打ち砕かれた悔しさだったのだろうか。幼な馴染みの顔も浮かんで来て安否が案じられた。自分が震災後涙もろくなったのはこの時以来かもしない。
 泣くだけ泣くと実に吹っ切れた気持ちになった。我を取り戻して再びこの光景を見やった時、(人間の築き上げた文明社会も、大自然の前には為す術なくやられてしまった。何だこのざまは〉と心から感じた。
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 私は四国の山や海や田園の中を歩きながら遍路し、長い間シルクロードの大自然を旅しているうちに、「自分は自然に生かされている。自然は偉大だ」と思えるようになった。「所詮人間なんて自然に比べればちっぽけな存在だ」と、いつも実感させられていました。 
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       タクラマカン砂漠の朝日

 大昔の人びとは、朝起きれば太陽に向かって祈りをささげ、自然にひれ伏し、自然の恵みに心から感謝していた。自然の偉大さがよくわかっていたのだしょう。それがいつの間にか、自然に生かされていることを忘れ、自然は利用するものだといった傲慢さが芽生えて平気で破壊さえするようになってしまいました。実に恐ろしいことです。

被災地の凄惨な光景を前にしていると、「自然は偉大だ。どうがんばっても人間は大自然の前には、はなはだ小さい存在だ」と、改めて強く感じるのです。そんな時「人間は大自然の前に謙虚であれ」と心から思います
 
 震災から約10か月後、岩手県大槌町を訪れたとき鉄壁を誇った高さ15mの防潮堤が惨めなほどに打ち壊されてしまった光景を目の当たりにしたとき、改めてあの時の津波の恐ろしさを思いました。大槌町の人々は大防潮堤を過信したり、防潮堤で海が見えなかったために遅れてしまって、10人に一人が亡くなりました。自然に打ち勝って声明を守ろうとしたことが却って仇になってしまったとこの時も思いました。


 東日本大震災以来、「減災」という言葉を多く耳にするようになりました。
 自然災害は人間の力では完全に防ぐことは不可能であります。せめて命を守り、被害を少なくしようというものです。これぞ広い意味での防災の精神だろうと思います。


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