予期せぬ救出船
水運びが終わって境内に散らばっている落下物を片づけていると「みなさんお昼にしてくださ〜い」と、巫女さんから声がかかり食堂に降りてゆくと、カレーの匂いが 心地よく鼻を突いた。「うわ〜贅沢だな〜」と思いながらも、思わず腹の虫がグーッと鳴いた。おまけにゆで卵までついている。これは、停電のなせる業だ。、蓄えてある食料を大切に食べなければならないので、停電でなければ、仮にカレーでも、肉なんかを探すのは至難の業だったにちがいない。
我々は長期滞在を覚悟はしていたが、あきらめたわけではない。交代で高台から海を見張っていた。
午後2時ごろ、船着場の様子を見張っていた仲間が、
「迎の船が来るぞ!」と叫んで、息せき切って神社まで駆け上がってきた。
全く予期しないことだった。拍子抜けするほど早いと、うれしさが込み上げて来た。
後で聞いたところによると、この船は黄金山神社に工事に来ていた人々を迎えに来た船なのだそうだ。建設会社が船をチャーターして危険を冒して従業員を迎えに来たとのことだ。我々は実に幸運だったのです。
地震が来ればすぐに避難できる身づくろいが出来ているので、とっさに行動が出来た。
神社の方々は、「鮎川へ行ってもろくに食べるものがありませんよ。ここにいた方が無難ですよ」と言ってくれたが、我々は一時でも早く陸地にたどり着きたかった。
せっかくのご厚意ではあったが、何はともあれ神社の方々に厚くお礼を言って、りュックを背負って一目散に船着き場へと向かった。ちょっと申し訳ない気分だったが仕方がない。千載一遇のチャンスを逃すものか、といった気分だった。
岩や倒木を乗り越えながら、そして躓かないように気を付けながら、そして海へ転落しないように気を配りながら苦心惨憺して坂を下った。
船からは、
「津波が来る可能性がありますので急いでくださ〜い!」
「明日以降は、お迎えに来れませ〜ン!」
と、ハンドスピーカーで叫んでいる。
千載一遇のチャンスを逃してなるものかと、必死だった。
遠くにまさしく船が見えた。
しかし沖に停まったままだ。
道理でそのはず。
桟橋付近には大量の流木や流された車やいろいろなものが沈んでいるので、近づけないのだ。
桟橋で待っていると小さなモーターボートがやって来て、3人ずつ観光船までピストン輸送してくれた。
鮎川へ向かう
建築会社の方々5名と我々11名合計16名を乗せた船は、小さなモーターボートを曳航しながら、鮎川へと向かった。
予想よりかなり早く帰宅できるのではないかという安堵の気持はあったが、一方、いつ来るかわからない余震による津波を心配して、船の乗員3名も我
々乗客も緊張していた。
船から金華山の山肌を見ると、がけ崩れの跡が明確だった。あんな大きながけ崩れの道をよく逃げおおせたものだと思うと、ぐっとこみ上げた。
がけ崩れの跡が生々しい金華山の山肌
後から聞いたところ、沖に逃げた仲間は船からがけ崩れの様子を見ながら、ほぼ全員がけ崩れで命を落としてしまったと思っていたそうだ。
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