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今日は東日本大震災5年1か月目です。
犠牲になられた方々のご冥福を心よりごお祈り申し上げます。
また、慰霊された方々の心が癒されますように。
そして、震災を心に刻んでいただければ幸いです。
私が震災当日、金華山で3度命拾いして生かされた命を感じて祈りの場づくりを思い立って5年以上が経ったことになります。
強い思いがこみ上げて書きだした文章ですが、お読みいただければ、幸いです。
身内を亡くして悲嘆にくれる人々のために祈りの場を創って差し上げたいという本当に純粋な気持ちで、ささやかに自分一人でコツコツとお寺さんを回って祈りの場創りをお願いすることから始まった活動ですが、
そうした活動をしながら、
「すぐに逃げさえすれば絶対に2万人もの人々が命を落とすことはなかった」という思いがしだいに強くなりました。
今でも悔しい思いがいたします。これが私の活動に対するモチベーションを高めております。
末永く大震災の悲しみや悲惨さを語り継ぎ、未来の人々の尊い命を救いたいと思う気持ちがどんどん増してきたのです。
だから絶対に伝えなければならないという思いが強くなってきたのです。
もちろん祈りが原点であることには変わりがありません。
しかし、単に身内を亡くした人々に祈りの場を創って差し上げるだけでは、当面はそれでよいかもしれませんが、後世の人々のお役には立たないと思うのです。
末永く震災を伝えて未来の多くの尊い命を救うためには、
風化しないしっかりとした祈りの場をつくり、伝える活動を継続していかなければならないと思います。
これがみちのく巡礼の大きな理念です。
祈りの場を風化させないためには
―― 末永く存続させるには―― 、
四国遍路のような祈りの場と巡礼の道を創らなければならないと私は思ったのです。
そして、巡礼する方々をを温かく迎えてくれる地元の雰囲気作りも行わなければなりません。
そうすれば、祈りの場は末永く遺り、巡礼のリピーターも増え、震災の教訓を長く伝えていくことができるでしょう。
それに少しでも近づくことを目指して頑張っていきたいと思います。
月命日の日には、いつもみちのく巡礼の原点となったこの文を読み上げて心を新たにしております。
凛とした背中
古希を迎え 人生の集大成として
とてつもなく大きいことに取り組みにはじめた
東北に東日本大震災への祈りの道を創ることだ
私は震源地に最も近い金華山で大震災に遭遇した
建物崩壊の危機 がけ崩れ最中の津波避難
さらには巨大津波の高台襲撃を受けながら
3度も命拾いした
天からか 大自然からか それはわからない
何か大きな存在によって 生かされたような気がした
「人のために役立て!」と ドンと背中を押された思いがした
だから被災地に足しげく出向いた
被災地の人々は手を合わせる場所がほしいと言う
亡くなった身内や知人を悼み自分自身も癒される
そんな祈りの場があるといいな、と語る
被災地以外の人びとも犠牲になられた方々に
祈りをささげに行きたいと言う
そんな願いに応えたいと思った
震災一年後には 小学四年の孫と二人で 四国八十八ヶ所を歩いた
東日本大震災の犠牲者を追悼しながら 孫や四国の人々に震災を伝えた
そんな経験から 震災犠牲者追悼の巡礼地を東北にも創ろう
これこそが自分に課せられた使命だと強く思った
財産、人生、歴史や文化まで 全てを破壊しつくした大地震と大津波
多くの人々に苦しみを与え 不安を抱かせ続ける放射能
悲しい記憶や大きな犠牲の中から生まれた
貴重な教訓を後世に伝えなければならない
今までの人生は これをやり遂げるための
基礎造りだったように思える
この歳になって自分の背中に
今までとは一味違った凛とした人生模様が 描き加えられたような気がする
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2016年04月11日
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