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自衛隊の救援物資輸送車で石巻へ
3月16日、午前9時過ぎに救援物資を積んだ自衛隊のジープが2台到着した。まさに待ちに待った到来だ。被災者の皆さんにとっては食料供給車、我々にとっては待望の「帰還車」だ。
<これでやっと帰れる!>と思うと、子供のように胸の高鳴りを覚えた。
段ボール箱に入った食料などを早速二階の物資置き場に運搬した。鮎川での最後のご奉仕だ。作業にも今まで以上に気合が入り、30分弱で完了した。
隊員から「石巻の総合運動場にある救援基地まで送ります。石巻からの交通機関はまったく動いていません。移動手段がない場合は、とりあえず石巻の避難所へ入るとよいでしょう」と説明があった。
ジープは9時55分に出発。鮎川での避難所生活は足掛け5日間であったが、密度が濃かっただけに感慨深い。鮎川の皆さん、特に市職員の方々には大変お世話になった。
別れ際に職員の方々にお礼を言うと、「がんばって必ず復興します! これに懲りずに鮎川や金華山にまた来てください」と、疲れ切っている顔に精一杯の笑顔を浮かべて送り出してくれた。〈鮎川の皆さんお世話さまでした。がんばってください!〉と心で叫びながら避難所を後にした。うれしさと、同士と別れるさみしさが入り乱れた。
牡鹿半島の尾根を走るコバルトラインを通って石巻へ向かう。太平洋は何事もなかったように悠然とした姿を見せている。〈あんなに痛めつけておいて知らん顔はないだろう〉と、海好きの私もこの時だけは憎らしく感じた。
道はあちこちで分断されていたが、自衛隊員の応急修理によってどうにか通れるようになったのだ。ジープは亀裂や陥没を巧みに避けながら進んだ。途中、たくさんの車が放置されていた。地震時に乗り捨てられたものだろうか、それともガス欠のためだろうか。
女川の街へ下って県道398号線入ったが、この辺は女川湾から1キロほど離れているので、被害はあまり大きくないようだ。ここから浦宿方面に行くと道は万石浦沿になるのだが、予想したよりも津波が低かったようだ。
万石浦はほぼ完全内海になっているので、津波ほとんどが入り込まなかったと思われる。石巻線の沢田駅の手前から右折して山川の道へ入り、稲井方面を経由して救援センターになっている石巻総合運動場に向かった。
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2016年05月12日
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東日本大震災慰霊行脚
東日本大震災の犠牲者を悼むため、曹洞宗の僧侶たちが、5月6日〜11日に岩手、宮城、福島3県の沿岸被災地を行脚しました。
北は宮古市、南は南相馬市から延べ約100人の僧侶がリレー形式で約200キロを歩き、石巻市の洞源院で合流しました。
道中46カ所の会場で慰霊法要を営みました。
法要を営むお寺の中には、みちのく巡礼加盟寺院6ケ寺と賛同寺院1ケ寺が含まれています。
徳本寺中浜墓地跡地「千年の塔」、徳泉寺(山元町) 昌林寺(仙台市) 荒浜浄土寺(仙台市) 洞源院(石巻市) 地福寺(気仙沼市)、清涼院(気仙沼市)などです。
足が健在ならば私も歩きたかったのですが、今回の慰霊では家族の運転する車で4カ所で供養しました。
私が部分的に参加した福島県同慶寺出発の行脚の行程をパンフレットから紹介します。
行脚や慰霊の様子が新聞、テレビなどで報道されました。
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