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日和山公園にたどり着いてすぐさま、姉の家のある湊地区を一望できる所に向かった。そこには一面薄暗く、灰色がかった茶色の世界が広がっていた。震災前には、中瀬といわれる中洲には緑が結構見られたのに、そこからからは緑が消えた殺伐を通り越した凄惨な世界だった。まるで、戦争で焼け野原を思い起こさせた。自然が牙をむくと本当に恐ろしいと感じた。
震災後の中瀬 左上の白い丸屋根は石ノ森漫画館
北上川の対岸にある姉の家(写真右端)は, 予想通り見事に消滅していた。
がれきさえも残っていない。ますます、生存が心配になった。
1960年のチリ地震津波が日本を襲った時、最大6.1mの津波が襲った。しかし、その時姉の家は床上浸水であったが、家は無事だった。〈結果的に逃げなくてもよかった〉そと語っていた。そのイメージがあると逃げなかった可能性がある。不安が増した。
下の写真は緑があざやかだった震災2年ほど前の光景ですが、ここからは生きた石巻し甲斐が一望できました。
東日本大震災「祈り・伝承・防災・復興」みちのく巡礼
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2016年05月24日
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